「はい。寧ろ、もう寝る時間だからと五時間で止められたのが少し不服でした。もっと話したい事があったのに……」

 メイシアはリスのように頬を膨らませ、唇を尖らせる。
 それ自体はとても可愛いのだけど、言葉のインパクトが凄まじい。私についてそんなにも語る事があるの?

「実は途中から私も参加していたのですが、妻がもう寝ろと止めて来まして……」
「伯爵も参加していたんですか!?」

 にゅっと横から現れたシャンパージュ伯爵が、ケロッとした顔で衝撃発言をする。

「久々に『王女殿下の素晴らしさについて語る会』を開催すべきか……彼女に連絡を取らねば」

 シャンパージュ伯爵に釣られて、イリオーデまでもが意味不明な事を口走った。
 というか何、久々って事は既に開催済みなのかしらそのよく分からない会合は!?

「イリオーデ、それはオレでも参加出来るだろうか」
「はいっ! わたしも、わたしも参加したいです!! いつもお父さんから話を聞いていてずっと参加したいと思ってたんです!」
「当然だとも。この会の参加資格は『王女殿下を心より敬う事』だ。二人ならば参加資格もある」

 いや何その参加資格。私の知らない所で何をやっているんだ。
 それに、どうしてマクベスタとメイシアはそんな怪しげなものに参加したがるんだ……?
 そんなよく分からないものを目の前にした恐怖から暫く呆然としていると、ふとシャンパージュ伯爵が懐より懐中時計を取り出して「もうこんな時間か」と呟いた。

「すみません、王女殿下。実は王女殿下に紹介したい人達がいまして……連れて参りますので少々お待ちいただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、はい。構いませんが」
「ありがとうございます。すぐ、戻って参りますので」

 ぺこりと会釈して、シャンパージュ伯爵は一人で何処かに行ってしまった。
 それと同時に夫人もお友達のご婦人方を見つけたとかで、挨拶に向かわれた。なのでここにはメイシアだけが残り、昨日と同じような感じで私達は会話を楽しんでいた。
 そして少しすると、「王女殿下!」とシャンパージュ伯爵が戻って来て。

「紹介します、こちらがランディグランジュ侯爵とララルス侯爵です」

 シャンパージュ伯爵の声に引かれて振り向いた時、私は自分の目を疑った。
 驚きと戸惑いで声が出ない。丸く見開かれた瞳がぐちゃぐちゃになった感情を表すかのように揺れる。

「アランバルト・ドロシー・ランディグランジュと申します。いつも弟がお世話になっております、王女殿下」
「マリエル・シュー・ララルスが、敬愛せし王女殿下に挨拶申し上げます」

 ずっと会いたかった。この数ヶ月間、毎日貴女の影をどこかに見ていたの。
 その凛々しい栗色の瞳も、柔らかな茶色の髪も、優しい笑顔も。時に姉のように、時に母のように、時に友達のように……ずっと私の傍にいてくれた、私の一番の侍女。

 なんだ、そういう事だったんだ。だから貴女は私の傍を離れてしまったのね。
 目頭が熱くなる。駄目よ、社交界デビューでもあるこのパーティーで泣くなんて。王女がそう簡単に人前で泣いてはいけない。そう、彼女からも教わったじゃない。
 溢れ出そうな涙を必死に堪えて、私は笑顔を作った。アミレスになってから、幾度となく彼女を参考に練習した微笑みを。

「……初めまして、アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。マリエル・シュー・ララルス侯爵。会えて嬉しいわ」

 先程、一瞬ではあるがランディグランジュ侯爵の腕に彼女が手を絡ませる姿が見えたので、多分この二人はパートナーとしてパーティーに来たのだと推測し、手は差し出さないでおいた。
 そしてふと、私は思い出す。イリオーデから頼まれていた事──次に会った時、ハイラと呼んでやって欲しいと言われていた事を。
 当時はあまり意味が分かってなかったのだが、おおよその理由が分かった今なら何となく分かる。
 一度浅く息を吸って、私は彼女に向けて笑いかける。

「それと──……久しぶりね、ハイラ。戻って来るのが遅いわよ」

 流石にパーティー会場で長々と文句を言う訳にもいかないので、彼女への文句はまた今度。彼女がどこで何をしているのかも分かったので、これからはいつでも文句を言えるという訳だ。
 すると、ハイラは瞳をキラリと潤ませて、

「……──はい。お久しぶりでございます、姫様」

 ふにゃりと笑った。
 場所が場所なら確実に抱き着いていたところをぐっと我慢し、私は改めてハイラから色んな事情を聞いた。勿論、こういうパーティーの場でも話せるような軽い内容のものだけではあるが。
 そして同時に理解した。ララルス侯爵家が私の支持をすると公言した理由を。