「王妃はお元気ですか?」
「はい。お陰様で……アミレス王女殿下にご教授いただいた予防法を国中に広めた所、凄まじい効果を見せまして。様々な病の発症率がぐんと下がり、それはもう……前年度の比ではないですとも」
「まぁ、そうですの? それは良かったですわ」

 周囲からの驚きの視線を浴びながら、私はオセロマイト王と談笑する。
 あの時話した簡単な予防法……それをオセロマイト王は本当に広めてくれたらしい。そしてそれが本当に効果を見せているとかで、感謝されてしまった。
 やはりこのファンタジー世界でも、基本的な予防法は通用する。ならば次は帝国でも広めてみるか……今度シャンパー商会にこの話を持ち掛けよう。

「あの少女より賜った例の種の方も、実は先日ついに芽を出しました。これからも民と共にあの芽を育んでいくので、貴女も是非また我が国にお越し下さい。春もいいが、我が国は夏も秋も冬も美しい景色なのでな」
「その時はマクベスタに里帰りさせて、案内して貰う事にしますわ」
「それはいい。あいつも喜んで案内役を引き受けるだろう」

 マクベスタのいない所で話題にあげていたら、話をすればなんとやら。どこか慌てた様子でマクベスタがやって来た。
 小走りで来たようで、少し息が乱れている。

「ち、父上……来てるならまずオレの所に来て下さいよ……」
「彼女に変な事を話す前に、か?」
「そうですよ。彼女に変な事を話してませんよね?」
「ははは」
「その意味ありげな笑い声は何ですか?!」

 オセロマイト王の両肩を掴み、マクベスタは冷や汗を浮かべる。
 仲良いな〜この親子。

「大丈夫よ、マクベスタ。またいつかオセロマイトに遊びに行かせて貰うって話をしてただけだから」

 貴方が一体何を焦っているのかは分からないけど、先程の話の内容を伝えるとマクベスタは「そうか……」とホッとしていた。

「イリオーデ殿も、久方ぶりだ。あの時は貴殿の協力にも助けられた」
「いや、私は……あれが呪いと気づけなかった上に、結局何も出来なかった。私も気づけて良かったものを……」
「あれは、アミレス王女殿下が偶然にも天啓を受けて気づけたものだ。貴殿が気づけずともそれは仕方の無い事だろう」
「…………仕方の無い事……」

 どこか物憂げな顔でイリオーデは思い詰める。
 懐かしいわね、その天啓設定。夢に出て来た謎の悪魔から聞いたなんて言えなくてついた嘘。
 悪魔をはじめとした魔族と敵対する国教会──そのトップたるミカリアがあの場にいた事もあり、その場しのぎについた嘘なんだよね。

 まぁこれからも事ある事に使う予定ではあるのだけど。予定では一年後とかに。
 そこで突然、会場の至る所から黄色い悲鳴があがる。フリードルが入場して来たようだ。
 さっさと誕生日プレゼントを渡してお祝いして離れよう。と画策して、「私はお兄様にプレゼントを渡して来ますね」とオセロマイト王達に告げてフリードルの元に向かう。
 そして私が現れると例のごとく分かたれる人の波。物凄くデジャブなんだけど、とにかくフリードルまで一直線に開いた道を進み、彼の目の前に立つ。

「お誕生日おめでとうございます、お兄様。お兄様の健康とご成長を心よりお祈り申し上げますわ」

 ニコリと微笑んで、プレゼントを手渡す。
 どこか驚いた顔をしながらフリードルはそれを受け取り、訝しげに視線を落とす。

「……それは安眠効果のあるアロマキャンドルですわ。お忙しいお兄様に少しでも安らぎを、と思い私《わたくし》自ら選び抜きましたの」

 一応毎年、市井の流行りの贈り物カタログをハイラに入手してもらって、それを見て選んでいたのだ。
 今年はメイシアから色々と教えて貰いつつ、見た目もお洒落な物を選んだ。
 そして毎年匿名ではあるものの、わざわざメッセージカードを用意して贈ってきた。『貴方の健康と繁栄の一助となれますように』みたいな文言のやつを毎年書いてきたのだ。

 あの男の事だから贈り物を一つ一つを見る訳が無い。そもそも人から贈られた物なんてどうでもいい、と箱を開けもせずに捨てている事だろう。
 だから気にせずいつもの文言に似た言葉を言ってプレゼントを渡した。向こうからすれば、私がプレゼントを渡して来た事がそもそも驚きだろうからね。
 先程の狐につままれたような顔も、それが理由だろう。

「……そうか。気が向いたら使おう」
「はい、気が向いたら使って下さいな。では後がつかえております故、私《わたくし》はこれで」

 美しく一礼して、私はその場を離れる。
 そしてオセロマイト王の元に戻り、オセロマイト王が所用でこの場を離れてからはマクベスタと共に談笑していると、

「昨日振りでございます、王女殿下」

 シャンパージュ伯爵が現れた。当然、夫人もメイシアも一緒にいる。

「おや、イリオーデ卿。今日は私が用意した服を着てくれたのか。昨日の分も折角用意したのにどうして着てくれなかったんだい」
「私は王女殿下の騎士なので」
「はは、本当に君達兄弟は頑固だな」
「……そのようですね」

 シャンパージュ伯爵とイリオーデが何やら気になる会話をしている横で、夫人とメイシアが私に話を振ってくれた。

「実は昨日、家に帰ってからも暫くメイシアが蕩けた顔で王女殿下の話ばかりしていて」
「だってアミレス様が本当に綺麗だったんだもん。お母さんだって見たでしょう? 今日もだけど、昨日のアミレス様の人智を超越した美しさ!」
「うふふ、そうね。でも流石に五時間は長すぎるわ」
「ご、五時間も? メイシア、それ本当なの……?」

 なんて癒し空間なのだろうか。そんな軽い気持ちで母娘のやり取りを眺めていたのだが、何か恐ろしい数字が聞こえた。
 家に帰ってから五時間も私の話してたの、この子??