そうこう考えているうちに、ついにダンスの時間がやって来た。当然、私も踊る必要があり……ダンスはパートナーのイリオーデと踊った。
 イリオーデはランディグランジュ侯爵家の人とは言え、十年近く貧民街で暮らしていた筈なのに、何故かダンスも完璧だった。

「もう、何で貴方はそんなに何でも出来てしまうのよ。ダンスも完璧で……まぁ助かるけど」
「王女殿下に恥をかかせる訳にはいかなかったもので、このような場合に備えて密かに練習しておりました」
「そうなの? 誘ってくれたら良かったのに……私もダンスに自信がある訳ではないから、もっと練習したかったわ」
「私の用事に王女殿下を付き合わせるなど……」
「別にいいわよそれぐらい。貴方ばかり上手くなっても意味無いでしょう? だから、今度からは誘ってね」
「っ! 畏まりました」

 流れてくる音楽に合わせて、二人で華麗に踊る。ずっとイリオーデの事を見上げているから少し首が痛くなって来たけれど……こうして実際に誰かと踊る事が楽しいなんて、思いもしなかったわ。
 社交デビューなんてクソ喰らえって思ってたけど、ダンスとスイーツだけは楽しいわね。

「あ、メイシアとマクベスタも二人で踊ってるみたい。いいねぇ、物語の王子様とお姫様みたいで」

 くるっとターンした時に、メイシアとマクベスタがぎこちない様子で踊っている初々しい姿が目に入った。
 なんかいいなぁ、あの感じ。微笑ましい。
 いっその事、あの二人がくっついてくれたらなぁ……お互いの事もよく分かってるから私としては認めない理由が無いし、すっごく応援するのに。
 大好きな友達がくっついたら、きっとそれは紛れもない幸せだろうから。
 なんて考えていた時、強く腰を引き寄せられて。

「ぅえっ?」

 力強く抱き締められたかと思えば、まるで最初からそういう振り付けだったかのように、私達はその場で鮮やかなターンを決めていた。
 一体何事と思いながらイリオーデの顔を見上げると、イリオーデが少し背を曲げて顔を寄せて来た所で──、

「余所見などせず、今は私だけを見て下さい」

 耳元で囁かれる。
 こんなまるで乙女ゲームのイベントシーンみたいな状況、私のような人間に耐えられる筈も無く。
 目と鼻の先にあるイリオーデの真剣な瞳が、真っ赤になった私を映している。イリオーデは攻略対象でもなんでもないのに、どうしてこんな乙女ゲームの攻略対象みたいな事してるの!?

 あまりの不慣れなシチュエーションに心臓が爆音で鳴り響く。火が出てるのかってぐらい顔も熱く、『私だけを見て下さい』なんて言われても恥ずかしさからそんな事出来ない。
 ようやくイリオーデの顔が離れて安心したのも束の間、私は視線を逃がした先で見つけてしまったのだ。随分と激しくダイナミックにダンスを踊っているペアを。
 ……もしかして、イリオーデは彼等から私を守る為に強引に引き寄せたとか? 私が余所見をしていて、彼等の接近に気づかなかったから。

 〜〜〜〜〜っ、なにそれ恥ずかしい!! イリオーデが善意でやってくれた事に何を照れまくってるのよこの馬鹿!!
 私も、アミレスも、異性への免疫が無さ過ぎるんだってぇ……!
 そんな情けない悲鳴をあげつつも、私はその後少しだけ貴族達と話したりもして、パーティー初日を何とか乗り切った。
 後一日、当日さえ乗り切れば三日目は参加しなくてもいいんだ……頑張るぞ、おーー!

「…………あー、なんか精神的に疲れたわ……」

 夜。バタリと寝台《ベッド》に倒れ込んで、私はそのまま入眠した。


♢♢


「──私とした事が、何を子供じみた真似を……」

 東宮の私に貸し与えられている部屋にて、髪をくしゃりと握り、私は今日のパーティーの時の事を思い出した。
 夕方になり、かくも美しくあらせられる王女殿下を見て完全に見蕩れてしまった。それと同時に、こんなにも成長なされた事に喜び涙した。
 今日の私は何度恥を晒せば気が済むのか……王女殿下にご迷惑をおかけするだけに飽き足らず、まさかあのような子供じみた真似をしでかしてしまうなんて。

「……だが、どうしてだろうか。不思議と後悔はしていない」

 もしや、とは思っていたのだが……王女殿下と踊れる事になり、私は内心でとてもはしゃいでいた。更に緊張していた。
 私如きが王女殿下の足を引っ張らぬように、と。

 そこまでは良かった。練習の成果も出て、何と王女殿下にお褒めいただけたのだから。
 だがその後、王女殿下はシャンパージュ嬢とマクベスタ王子のダンスを、慈しむかのような柔らかな瞳で見つめていらっしゃった。
 美しく暖かく煌めく貴女様の瞳を真正面から見たくて。その瞳に、私だけを映して欲しくて。
 彼女すらも気づけていない……氷を溶かすような温かなその慈愛を、私だけに向けて欲しくて。

『余所見などせず、今は私だけを見て下さい』

 王女殿下の繊細な御体を強引に引き寄せた上に、浅ましい欲望を口にしてしまった。
 その後、王女殿下は暫く俯いてしまい……結局その瞳を見る事は叶わなかった。あのような愚行を犯した私への、当然の罰と言うべきか。

「この歳にもなって、嫉妬か。王女殿下にとっての一番でありたいなどと……何と、分不相応な望みなのか」

 あの二人は、王女殿下にとってかなり重要かつ大切なご友人。それは分かっている。分かっているのに。
 ──彼等に与えられる王女殿下の愛情が、少しでも私に与えられたならばと思ってしまう。
 今までもこれからも、私にとって最も重要な御方は王女殿下だけ。それは絶対普遍の事であり、疑う余地も無い。
 だけど……王女殿下が私を騎士として欲する事は、その限りでは無い。
 だから私は怖いのだ。王女殿下にとっての一番の騎士であり続けられるのか……それが、怖くて怖くて仕方無い。

「……こんなにも愚かな私を、どうか許さないで下さい、王女殿下…………」

 欲深く、愚かで、浅ましい姿など、決して王女殿下に見せる訳にはいかない。こんな姿を見てしまえば失望される事間違い無しだ。
 だから隠し通さねば。私が──……誇り高き王女殿下の騎士でいられるように。