「いや、それは有り得ないとも。この一日目のパーティーには令嬢達が多く集まるので、令嬢達はあまり好まない酒を卸すよう言われたからな」
「シャンパージュ伯爵……!」

 私の声に彼は微笑みを返し、一歩こちらに近づいてからお辞儀した。

「相変わらず月の女神かと見紛うお美しさですね、王女殿下。ホリミエラ・シャンパージュがご挨拶申し上げます」

 シャンパージュ伯爵が、夫人とメイシアを伴って渦中に飛び込んで来たのだ。
 シャンパージュ伯爵に続いて、夫人とメイシアがそれぞれ「ネラ・シャンパージュでございます。本日もご機嫌麗しゅうございます、王女殿下」「メイシア・シャンパージュが王女殿下にご挨拶申し上げます」と名乗り、一礼する。
 シャンパージュ伯爵家程の家門が一日目から参加している事に誰もが驚く中、伯爵が一歩こちらに踏み込んで来て。

「実はこのパーティーに我が商会より色々と卸しておりまして。その管理や経過の観察の為に今日もパーティーに参加しているのですよ。そしたら突然、このような騒ぎを耳にしまして」
「そうでしたの。シャンパージュ伯爵程の御方達が来て下さったとあれば、お兄様もきっとお喜びになりますわ」

 軽く挨拶を交え、シャンパージュ伯爵はちらりと令嬢の方を一瞥する。

「レディ、そのグラスはどの辺りで受け取ったものか覚えているかい?」
「えっ、えと……確か……向こうの……」
「ふむ。ならばやはりそちらのレディが酒を手にした可能性は皆無に等しい」

 令嬢の指さした方向を見て、シャンパージュ伯爵は断言した。
 それは何故、と誰もが彼に視線を集める。

「今日は、あの辺りに椅子が集中している。ティーパーティーからのこのダンスパーティーで疲れているであろう貴族令嬢達が心置き無く休めるよう、会場の一角に椅子を集め、更にその近くのテーブルには貴族令嬢達が好む飲み物ばかりを置いていた。そこには当然、酒は置いていなかったとも」

 おおおおっ! と、そこで何故か歓声が湧き上がる。
 シャンパージュ伯爵が言うなら間違いないと、誰もが意見を固めて道化男達を睨む。侮蔑、落胆、失望……そんな色に染まった冷たい視線が、次々に道化男達に注がれた。
 完全に勝負あったわね。シャンパージュ伯爵のお陰で楽に終われたわ。

「さて。私《わたくし》は、お前達のような愚者を厳罰に処さねばならない」

 道化男達を見下ろし、ため息混じりに告げる。
 この馬鹿共はまさか処罰されるなんて思ってもみなかったらしく、分かりやすく愕然としている。……いや、正確には『野蛮王女に処罰を与える権利があるなんて』と驚いているのだろう。
 皇帝からも皇太子からも嫌われる出来損ない王女に、そのような権利があるとは誰も思わなかったようだ。

「あああ、あのっ、わたしが色々と言われただけ、なので……処罰とかは…………」

 この令嬢は心優しい人なのだろう。まさかこの流れで罰を与えなくていいと言い出すなんて。
 その優しさに漬け込むクズ野郎と運悪く遭遇してしまった事は、彼女にとって不幸に違いない。もう二度とそのような事が起きないように、きちんと牽制しておかねば。

「ええそうね。貴女は、甚大な精神的被害を受けたとかで慰謝料を請求してやりなさい」
「え、あの……処罰は……え?」
「この者共に処罰を与える事に変わりはなくてよ。何故ならこの者共は大罪を犯したのだから」

 ザワザワと、私の語る大罪について話し合う観衆。
 盲点なのか皆が気づく様子を見せないので、痺れを切らして自ら発表する事にした。

「……──帝国の新しき太陽、皇太子殿下である我がお兄様、フリードル・ヘル・フォーロイト様の記念すべき十五歳の誕生パーティー……それを、このような愚鈍かつ低脳な騒ぎで荒らした大罪の事よ」

 誰もがハッとなり、一気に口を噤む。
 いずれこの帝国の太陽となる皇太子フリードルの、十五歳の誕生パーティー。
 そんな一生に一度しかない特大イベントでこんな騒ぎを起こしたのだ。厳罰に処されて当然でしょう?

「後は、そうね。私《わたくし》への不敬罪かしら」

 ついでに私への失礼も罪状に加えてみた。その際に、悪役っぽく鋭く笑みを作り、瞳を歪める。
 これ結構出来てるんじゃないかな、悪役令嬢スマイル! 私は悪役令嬢じゃなくて悪役王女なんだけど、一応同じ類ではあるのだからもしかしたら出来るかも……なんて思ってたのよね!
 氷の血筋(フォーロイト)がする悪役スマイルという二重の意味で怖い笑顔に恐れおののきなさい。

「そこの衛兵達、この大罪人を牢に。私《わたくし》のお兄様の誕生パーティーを荒らした愚者共を丁重に扱ってやる必要など無いわ」
「は、はい!」
「連行しろ!!」

 騒ぎを聞きつけてやって来た数名の衛兵達に、愚者共を投獄するよう指示する。そうやってようやく事態は収束。

「ふぅ……怖かったでしょう、ベリーノック令嬢。もう、大丈夫ですから。安心なさい」
「……ぁ……ありがとう、ございます……っ、王女殿下が声を掛けてくださらなかったら……わたし……!」

 今度は優しく微笑みかけてみる。すると令嬢は緊張の糸が切れたのか、ぶわっと泣き出してしまい。折角の化粧が台無しになってしまった。
 それ程に、怖かったのだろう。見知らぬ男達に囲まれ詰め寄られたんだ、怖くて当然だ。

 そっと肩を抱き寄せて頭を撫でてあげると、恐怖も少しは収まったのか、令嬢の涙が止まる。それからようやく私に抱き寄せられている現状に気づいたのか、弾かれた玉のように彼女は飛び退く。
 …………そんなに嫌なのかしら、私に抱き寄せられるの。まぁフォーロイトだからしょうがないか。ちょっと切ないけど。