「彼女は昼より行われていたティーパーティーにも参加していたのでしょう。今日の昼間は晴天、ティーパーティーが庭園で行われていた事もあって彼女は汗をかき、喉が乾いていたのかしら……パーティーが始まってから彼女が手に取ったのは爽快感があり、彼女が飲み慣れている(・・・・・・・)であろうこの白ブドウのジュース。そうよね、ベリーノック嬢?」

 スラスラと推理を披露して、確認の為に令嬢本人に話を振ると、彼女は目を丸くして何度も頷いた。
 そして不思議そうな目で私を見て、

「あの……どうして、わたしの事……」

 おずおずと尋ねて来た。

「偶然、知っていただけです。ベリーノック子爵家に今年で十六歳になられる令嬢がいる事も、その令嬢の綺麗な緑の瞳の下には色香の漂う泣き黒子があるという事も、偶然知っていた。ただそれだけの事よ」

 偶然と繰り返すものの、あまり信じて貰えない様子。
 こうなったらちゃんと根拠を話すべきね。

「……それに。先程の貴女の言葉の発音が南西部訛りでしたから。白ブドウの名産地と言えば、帝国南西部のベリーノック領。それらの情報から推測しただけですわ」

 あ! この人ケイリオルさんから渡された名簿で見た人だ!
 そんな通信教育のテンプレのような爽快体験をしつつ、あの名簿に記されていた情報を引っ張り出していた。

 なんとあの名簿、その備考欄に顔や身体的特徴が事細かと書いてあったのである。後は……その人の弱みと言いますか、ゴシップといいますか。たまに普通の近況みたいなのもあったけれど。
 そこで見た名前が、モニカ・ベリーノック子爵令嬢。ここで彼女を見て、色々と記憶を引っ張り出して推理して。そして行き着いた答えが彼女だったのだ。

 ペラペラと饒舌に語る私へと、令嬢のキラキラとした尊敬の眼差しが向けられる。
 ほとんどケイリオルさんが用意してくれた名簿のおかげなんだけどね。実の所、推理でも何でもないからこれ。

「では次はこの酒について。酒名はエクリプス……酒でありながら酒特有の臭いがせず、こういったパーティーの場で重宝される酔いづらい蒸留酒で、約三十年程前から皇室御用達となっている高級な酒ね。お前達は彼女の持つジュースとよく似た色の飲み物を用意して、わざとあの騒ぎを起こしたのでしょう」

 恥ずかしさからごほんっ、と咳払いをして気分を切り替える。
 この酒には珍しい特徴があるので飲まなくても、臭いがせずとも分かる。この特殊な光の反射……これは以前本で読んだエクリプスの特徴そのものだ。
 確かに色合いは先程の白ブドウのジュースとほとんど同じ。誰だって、この二つの飲み物が服に零れたならば同じようなシミが出来ると思うだろう。
 だが、そうではないのだ。この男達は色々と詰めが甘い……気弱そうな令嬢相手ならば嘘も押し通せると思ったのでしょうね。

「実はこの白ブドウのジュース、製造工程にてとある素材を追加される事が多いのですわ。白ブドウをジュースに加工するにあたって、大衆向けに白ブドウ特有の酸味を打ち消す為にライバースの蜜が用いられる。そうよね、ベリーノック令嬢」
「はっ、はい。でもどうしてそんな事まで……?」
「皇族は満遍なく知識を持つ必要がある。これも、その一環なだけですわ」
「凄い……っ!」

 令嬢は相変わらず尊敬の眼差しを向けてくれるけど、これはハイラが授業で教えてくれたから知ってただけなんだよね。
 つまりただの受け売りなのである。

「さてここで無知で愚かな男達に教えてあげましょうか。ライバースの蜜が含まれた白ブドウのジュースは、布類にこぼしても──」

 白ブドウのジュースが入ったグラスを、道化男の頭の上で傾ける。それは男の頭や顔を濡らしていく。
 そこで起きた事象に、誰もが刮目した。

「──この通り、シミにならないのよ。ライバースの蜜は布類に用いられる繊維との相性が悪い。お前の着ているジャケットのように丁寧な加工がされた物程……ライバースの蜜が含まれる液体が布に染み込む事無く、まるで布に弾かれたように地に零れてゆくもの。お前達が本当に彼女に服を汚されたと主張するなら、そのシミは一体何なのか説明していただいても?」

 一体どういう事なのか私にもよく分からないのだが……そのライバースの蜜というものは布に染み込まない。何でも、ライバースの蜜そのものに布の繊維と反発し合う何かがあるらしいのだ。
 白ブドウのジュースに混ぜるライバースの蜜は少量なのだが、たった少量のライバースの蜜でジュース全体にその性質を付与出来るらしく……美味しいのにもし零しても服が汚れないと、数年前から平民の間では既に根強い人気を得ている。

 ただその代わりに、零した場合はこの通りの性質なので雑巾などで拭く事が不可能。後片付けが大変という点だけがネックなのだとか。
 流石は魔法のファンタジー世界。原理はよく分からないものの、そういうものらしいのだ。
 事を詳らかにすると、男達は顔面蒼白。浅はかな魂胆が公の元に晒されて、大恥をかいていた。

「〜〜〜ッ! その女が酒を飲んでたかもしれねぇだろ!!」

 男達は、ついに声を荒らげる事しか出来なくなったようだ。その勢いに令嬢は思わず怯えたように肩を竦めるが、そこで思わぬ援軍が現れた。