「私《わたくし》はお前達が話すような帝国法を教えろと言った筈よ。それなのに、お前達は何を勝手に聞いてもない事を口にしている? その耳は飾りか? それともその脳はがらんどうなのか。どちらにせよ……お前達のような愚者が帝国法を語るなど、片腹痛いわ」

 男の悲鳴を他所に、私は残りの男達を煽る。こうする事で、事態収束までとりあえず、怒りの矛先をこちらに向けられたらいいのだけど。
 学がないと噂の野蛮王女に出会い頭で罵倒されたからか、男達は顔を真っ赤にして頬をひくつかせる。

「それは申し訳ございません……そうですね、帝国法四十二条辺りだったような」

 必死に怒りを堪えつつ、服を汚されたと主張する男が適当に答える。ああ、やはり帝国法のくだりは口から出まかせね。
 あまりのくだらなさに、つい失笑が漏れ出てしまう。それに気づいた男が「何か?」と怒りに震える声で聞いて来たので、それには答えてあげようか。

「ふふ、お前達、道化にでもなりなさい。だって、見世物として非常に愉快だもの」
「っ、愉快……? いくら王女殿下と言えども失礼では?」

 男の頬にピキピキと増えてゆく青筋。この男はどうやら、自分が今笑いものになっている自覚が無いらしい。
 私はただ、人を笑わせる才能があるのだから、その道を目指せばいいとオススメしてあげただけなのに。
 とりあえず、悲鳴がうるさいので「イリオーデ、もう離してやりなさい。あまりの騒々しさに耳が馬鹿になってしまいそうだわ」と適当な理由をつけて止めさせた。
 そして私は道化男に事実を突きつける。

「帝国法四十二条・特定書物所持禁止法。四十一条・魔導書管理義務法。四十三条・出版法。お前達が語ったような法律は、『四十二条辺り』に全く無いのだけど? まさか帝国法の事を何も知らないのに、帝国法に則って……なんて言うとは。そう、周りの者達はお前を嗤っているのよ。節穴の目では気づけなかったかしら、周囲の目にも」

 ちらり、とわざとらしく人集りに視線を向けると。
 示し合わせたかのように、人集りからクスクス……と男達を馬鹿にするような笑い声やひそひそ話が聞こえて来た。
 どうやら男達の耳も一応飾りではなかったようで、この嘲笑は聞こえたらしい。特に道化男なんかは完全に怒り心頭。火山のように怒りを噴火させて、

「ッ!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺達はただ正当な権利であの女に責任を取らせようとしていただけだってのに!!!!」

 大きく口を開いて、激しく唾を飛ばしながら喚き散らす。
 何だ、思ってたよりも楽勝じゃないの。

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いのか分からないわ。それに……お前の言う正当な権利とやらが何の事なのか、私《わたくし》には皆目見当もつかないわ」
「野蛮王女如きがよくも──っ! が、ぁ……ッ!?」

 一瞬の事だった。イリオーデによって組み伏せられ、道化男が地に這いつくばる。

「この汚らわしい首と胴が繋がっている奇跡に感謝しろ、下郎が」

 凄まじい殺気を放ち、イリオーデは道化男の頭を地面に強く押し付ける。場所が違えばもう既に殺していたんだろうな、と確信出来てしまう程の殺意だった。

「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ卿、その男を離しなさい。まだ騒ぎは収まっていないのだから、原因たる男にはまだ五体満足でいて貰わないと困るのよ」
「……………………畏まりました」

 溜めが長い。どれだけその男殺したいのよ、貴方。
 私が呼んだその名と、私の言葉に従ったその男。その二つの事実によってまたもや周囲はザワついた。
 ──ランディグランジュ侯爵家は、本当に王女の派閥に与しているんだ。と……。

 渋々、イリオーデが男から離れたのを確認して、ついでに私は彼にお使いを頼んだ。
 今から言う二つの酒とジュースを持って来て欲しい。一分以内に。
 そんな無茶振りだったのだが……大型犬っぽい所のあるイリオーデは、ボールを投げられた犬のようにすぐさま動き出し、一分以内に二つのグラスを手に戻って来た。
 それを受け取り、よろめきながら立ち上がろうとする男に近づく。男は相変わらず顔を真っ赤にして、恨みがましくこちらを睨んで来た。

「こちらが彼女の飲んでいたジュース。そしてこちらがお前達が自作自演の為に用意した酒。違いはないわね?」

 私の手にはほとんど同じ色合いの、黄色がかった不透明な飲み物が二つ。
 その片方が男達が自作自演で用意した酒と同じ物だと明かすと、当然ながら観衆は困惑。だがその中で男達だけは、目を点にして焦っていた。
 どうしてバレたんだ……なんて思っていそうね、その顔。

「少し考えたら分かった事よ。彼女のドレスはヴァイオレットの人気ドレスで、化粧も気合いが入ってるわ。だって今日は、お兄様と関わる事の出来る数少ない機会だもの」

 この会場にいる令嬢は決まってそうだ。誰だって皇太子妃になる事を夢見ている。
 少しでもフリードルによく見られたい、気に入られたい……そんな可愛らしい野望から誰もが随分と気合いを入れている。
 そんな一世一代の舞台に私のデザインしたドレスを選んでくれた事を嬉しく思う。しかもドレスだけでなくイヤリングもうちのブランドの物。
 そんなヴァイオレットのファンを無下にする訳にはいかない。デザイナーとしては当然の事だ。