「今までシルフ達から貰ったプレゼントをこうして使えて嬉しいわ」

 だってこれまでずっと、タンスやクローゼットの肥やしになってたもの。こうして日の目を見る機会が出来て本当に良かったわ。

「いやぁ〜、マジで……全部同系統の色に揃えておいて良かった。こうして全身を俺達が贈ったモンで固めて貰えるの、なんかスゲェむず痒いっすね」
「ああ確かに。アイツの助言を聞き入れておいて正解だった……本当に綺麗だよ、アミィ」

 アイツって誰だろう。私の知らない精霊さんの事かな。
 隙あらば褒めようとしてくるシルフ達から逃げるように、私はイリオーデを迎えに行った。イリオーデが準備をしているという部屋に行き、お邪魔すると。
 ハーフバックに髪の毛を整え、軽く化粧を施されていつもより輝く美丈夫。いつもと変わらない団服なのに、髪型と化粧の影響か雰囲気がガラリと変わっていて新鮮味さえ感じる。

 パーティー会場に武器を持ち込む事は不可能なので彼は剣を傍らに置いており、こちらに気づくなりハッとなって立ち上がった。
 そしてまじまじと私の姿をつむじから爪先まで見たかと思えば──、

「……っ! 本当に、お美しくあらせられます……っ、王女殿下……!!」

 目元を押さえて声を震えさせた。その手の隙間から流れ落ちる一筋の雫。
 何で泣き出したんだこの人!?
 すると彼の化粧を担当したらしい侍女さんが、折角化粧したのに!! と言いたげな声にならない叫びをあげる。

 叫び声をあげたいのは私の方だ。目の前で、私の姿を見た大人が突然泣き出したのだから。
 とにかく泣かないでくれと必死にイリオーデの体を揺さぶり、何とか泣き止ませる事に成功した。もののついでに何で泣いたのかを聞いてみると、

「…………あんなにも小さく愛らしかった王女殿下が、こうして大きく美麗にご成長なされた事が本当に嬉しくて……」

 大真面目に彼は語った。
 まるで、子供の成長を見守る親みたい。まぁ実際アミレスが産まれた時から暫く一緒にいたらしいし、イリオーデからすれば私は子供みたいなものなんだろうな。
 私からすれば、年の離れたお兄ちゃんみたいな感じなんだけど……それを言葉にする事がどうにも出来なさそうなのよね。

 アミレスがどうやらフリードル以外を兄と呼ぶ事を許してくれないようで。そこだけはアミレスも譲れないみたい。
 それならそれでいいんだけどね。アミレスの意思を無視してまでイリオーデの事をお兄ちゃんと呼びたい訳ではないし。
 パーティーの開始は正午。一日目は、昼から夕方まで軽い前哨戦のティーパーティーが王城の庭園で行われる。これにはフリードルも皇帝も参加しないので、私も不参加だ。

 何せこのティーパーティーは皇太子妃を目指す令嬢同士の品定め……牽制だらけの地獄絵図らしいのだ。ケイリオルさんからこの話を聞いた瞬間、『あっ、興味無いな』と確信して夕方のパーティーから参加する旨を伝えた。
 フリードルの婚約者決めとか心底どうでもいいし……この誕生パーティーで令嬢達と交流して、今後本格的に皇太子妃選びが始まるって言われても、私全く興味無いし。

 なので私は、朝から全身くまなく入念すぎる手入れを施されていた。ふやけてしまいそうな程入浴し、肌の手入れに髪の手入れにマッサージまで。
 令嬢達が仁義なき戦いを繰り広げる中、私はそうやって侍女さん達に体を預けてのんびりとしていた。
 お陰様でそろそろ夕方。もう既に皇帝の開幕宣言によりパーティーは始まっているとの事なので、適度に急ぐ必要があるのだ。

「それじゃあ行ってくるわ。シュヴァルツ、ナトラ、シルフと師匠も留守番よろしくね」

 留守番組にいってきますと告げると、

「はぁい、楽しんで来てねー」
「周りの奴等の声なんて気にしなくていいからね。アミィが楽しむ事が一番だから」

 シュヴァルツとシルフが手を振って送り出してくれた。それに手を振り返して、私はイリオーデと並んで歩き出す。
 王城でパーティーが行われている影響か、皇宮から王城までの道はほとんど人がいなかった。しかし王城に足を踏み入れた途端、世界が変わったかのような騒がしさに耳を襲われる。

 召使や侍女が忙しなく王城内を駆け回り、パーティーの運営に精を出す。これが裏方の仕事……どれだけ頑張っても評価されないなんて、ブラックな職場ね。王城は。
 そんな王城の廊下を颯爽と歩き、パーティー会場を目指す。流石に目立つのか、次々に召使や侍女が私達を見ては呆然と立ち尽くしている。
 それを上司に怒られ、ペコペコと頭を下げる召使や侍女をものの数分で多く見た。

「……これ、もうパーティーは始まってるのよね。本当にこのまま遅れても問題無いのかしら、心配になってきたわ」

 あまりにも裏方が忙しそうにしているものだから、やはり少し心配になってきたのだ。
 野蛮王女の分際で重役出勤とは何事か! って言われたらどうしよう。

「ケイリオル卿がいくら遅れても問題無いと仰ったのですから、大丈夫でしょう。もし問題になれば、その時は私が全て黙らせます」
「どうやって?」
「こういった時の為に権力はあるのですよ」
「権力かぁ」

 それもそうね、もしもの時は私も帝国の王女として傲岸不遜にいこう。
 イリオーデとそんな会話を繰り広げつつパーティー会場に向かう事数分程。この王城無駄に広いのよ、歩くのに時間がかかって仕方ないわ。
 パーティー会場の大きな扉の前に辿り着くと、そこには見覚えのある騎士達が立っていた。門番のように扉の前に立つ二人の騎士もこちらに気づいたようで、

「おっ…………王女殿下……っ!!」
「ごごごっ、ご、ご機嫌麗しゅう!!」

 頬に朱を射して、騎士達は胸に手を当て敬礼した。

「貴方達は……アルベルトの時の」
「王女殿下の記憶に残れた事、至福の喜びにございます!」
「はい! あの時の騎士です!! こうして王女殿下とまたお会い出来て光栄です!」
「えぇ、私《わたくし》も嬉しいですわ。見知った顔に出会えて」

 私が覚えていたのが嬉しいようで、騎士達の表情がぱぁっと明るくなる。
 流石に、三ヶ月前とかに会ったばかりの人の顔を忘れたりはしないわよ。名前は聞いてないから知らないけれど。
 ……あ、そうだわ。これも何かの縁だし、名前も聞いておこうかしら。