(社交界の方々は上から目線の批評家ぶった態度でしか他者と会話出来ず、他人の話題でしか笑えないようなくだらない人生を送っている方々ばかりだもの……アミレス様は確実にそのような程度の低い者達の標的にされてしまうわ)

 過去の苦い記憶を思い出して、人形のごとき愛らしい顔が怒りに歪む。

(もしそうなったとして、アミレス様の事を心身共にきちんと守ってくれるような……そんなパートナーじゃないと)

 ハイラさんならきっとこうする。そう思い、メイシアは己を奮い立たせた。
 自身よりもずっと背の高い男達を見上げ、メイシアは「ふぅ……」と熱いため息をついてからおもむろに口を開く。

「まず大前提としてアミレス様のパートナーが、身分や出身が定かではない方々に務まる筈もありません。社交界のマナーが身についている事は当然として、アミレス様を完璧にエスコート出来る方でなければ」

 チラリ、とシュヴァルツとエンヴィーに向けて順番に視線を送る。すると二人は何かを察したのかムスッとして。

「いいじゃんかぁー! ぼくってこんなに可愛いんだよ、問題無くない?」
「なんだよお嬢さん。俺じゃ駄目だってのか」

 ぶーぶーと文句を垂れる二人。
 呆れたように浅く項垂れたメイシアは、そんな二人を指さして正論を叩きつける。

「まずシュヴァルツ君っ! アミレス様のパートナーが貴方のような子供に務まる訳がないでしょう! そもそも貴方はパーティー当日、ここで留守番するようにアミレス様に言いつけられていたじゃないですか! つい先程!!」
「うっ……それはー……そう、だけどぉ……」

 途端に凄まじい剣幕になるメイシアに、シュヴァルツも思わず尻込みする。
 反論の余地が見当たらず、シュヴァルツはここで一発KO。大人しく引き下がったのであった。

「そして次はエンヴィー様です! 社交界では貴方が精霊である事は明かせないのですよ? アミレス様との関係を疑われ、もし万が一良からぬ噂でも流されてはアミレス様に迷惑がかかってしまいます。何より社交界のマナーとか全く知らないでしょう、エンヴィー様は!!」
「社交界のマナーとか別に今から勉強すりゃァいいだけだし…………でも確かに、姫さんに迷惑がかかるかもしれねぇんだよなァー……」
「ぷぷっ、言われてやんの」

 メイシアの言葉に一理あるようで、エンヴィーもここで諦めモードに入る。
 そんなエンヴィーを小馬鹿にするシルフ。その本体は、精霊界の自室にて小気味よい笑い声をあげていた。
 それに対して、エンヴィーは「何笑ってんすかシルフさん。アンタはそもそも土俵に上がれてすらいないのに」とついつい本音を口にしてしまい、シルフの不興を買う。
 精霊界で最も美しいとされるシルフの顔には真っ黒な笑顔と青筋が浮かび、透明感のある彼の声は、

「エンヴィー、ちょっと話をしようか?」

 聞いた事が無いようなドスの効いた言葉を発する。

(アッ……や、やらかしたぁああああああああああッ!)

 滝のように冷や汗を流し、エンヴィーが後悔した時には既に手遅れ。シルフによってエンヴィーは強制送還され、彼の目の前に召喚される。
 そして、シルフの顔からスっと笑顔が消えると。

「メイシア。アミィのパートナー決めは任せたよ。ボクは暫くこの馬鹿と話があるからね。一旦こっちからの声は届かなくなるけど、気にしないで」

 スゥッ……と手元の水晶から光が落ち、これで良し。とばかりにシルフは改めてエンヴィーの方を高圧的に見下ろした。

「知ってるか、エンヴィー」
「は、はい…………何をですか……??」

 地に広がる美しい長髪を引き摺り、シルフは本来の姿に戻ったエンヴィーの目と鼻の先まで顔を寄せた。
 互いの息が分かり、瞳孔の細かな動きさえも見て取れる距離。目の前の精霊王から放たれる圧に、エンヴィーは顔面蒼白で固唾を飲んだ。

「どの世界でもな、暴力というものが普遍的な共通言語なんだ。暴力──……圧倒的な力というものは、時にどんな高説よりも分かりやすく単純だ。特に……お前のような何度言っても理解しないような馬鹿にはな」
「し、シルフさん……? 我が王……っ?!」
「長い付き合いとは言え、親しき仲にも礼儀あり。少しぐらいはボクへの態度を改めろと何度言ってもお前は聞かないよな。だからもう、力《コレ》で言う事を聞かせる事にしよう」

 右手をボキボキと鳴らして、シルフはニコリと笑う。準備万端、シルフは拳を思い切りエンヴィーの腹部にめり込ませた。
 万の時を生きる精霊王からの圧倒的なパワハラに、エンヴィーは為す術なく地に伏せる。
 意外にも一発で満足したらしいシルフは、フンッ、と腕を組んでエンヴィーを見下ろした。

(…………ボクだって、立候補出来るものならしてたさ。ボク自身が人間界に行く事が今はまだ不可能だから、それも無理だったけれど……)

 自分以外の誰かがアミレスの手を引いてパーティーに出るのだと思うと、シルフの精神《こころ》は言い知れぬ焦燥感と、チクチクとした痛みに襲われた。
 エンヴィーの言葉──土俵に上がれてすらいない。というそれは、まさに図星だった。だからこそシルフもここまで怒りを露わにしているのである。

 制約のもと、精霊王が精霊界を離れる事は許されていない。だからこそシルフは己の魔力で端末を作り、意識を分割して端末に移した。それを人間界へと送る事で何とかアミレスと共に在る事を可能としているのだ。
 それを知るエンヴィーから放たれた言葉……それにシルフが憤りを覚えるのも無理はない。
 ただ──……シルフは、この憤りの理由を知らない。それ(・・)に、まだ気づけていないのだ。

(あぁ……ボクが人間界に行けたなら。こんな立場で無ければ…ボクだって、アミィと触れ合う事が出来たのかな)

 未だかつて無い胸の痛みに苛まれつつも、黙り込んだまま席に戻り、彼はメイシア達の会話に耳を傾けるのであった。