「そうだ、ブルーナイトパールにしよう! あれならばきっと彼女とて喜んでくれる筈だ、多分!!」

 握り拳を胸の横で作り、意気揚々と僕は魔窟を出る準備を始めた。ブルーナイトパールはちゃんと希少な物なので、思い立ったならばすぐ確保すべし。
 いざとなれば権力を盾に確保してみせようとも。

「ぶっ…………ブルーナイトパールを十三歳の少女への誕生日プレゼントにするんですか!? 馬鹿なんですか貴方、あれは後々教皇聖下に献上される品でして──」

 泡を食った様子のマアラがコツコツコツ、と詰め寄って来ては釣り上げた眉で僕を見上げる。

「一つぐらい私が貰っても問題無いよ。あの御方は、宝石に興味無いし」
「そもそもブルーナイトパール程の宝石をプレゼントにする事が前代未聞なんですって……!」
「じゃあ私が初めてなんだね、ブルーナイトパールをプレゼントにするのは」

 ふふ、となんだか嬉しい気分になる。浮かれた様子で魔窟を出る為に歩き出す僕の後ろを、マアラが「ちょっと待ってくださいよ!!」と必死に追いかけてくる。
 いつだって、何かしらは前代未聞なものだ。いいじゃないか、ブルーナイトパールをプレゼントにしたって。

 どうせあの価値が分かるのはジスガランドの人間だけ。向こう側の人間はブルーナイトパールの存在すら知らないかもしれない。もし知っていたとしても、逆に知っている事の影響で本物とは思わないだろう。
 ならばブルーナイトパールを贈っても向こうで問題に発展する事は無い。全然問題ないだろう?

「問題大アリですよ! どんな大きさであろうとも、ブルーナイトパール一つに一体どれだけの価値があるのか分かってるんですか?!」
「国家予算相当の価値がある事だけは知っているよ。それに何の問題があるんだ」
「そーですよ国家予算相当の価値があるんですよあの宝石には!! そんなもの、たかだか子供へのプレゼントに出来る訳が無いでしょう!!」

 マアラが顔を真っ赤にして捲し立てる。彼は、僕の部下として真面目に意見を述べているだけなのだろう。
 何も知らない彼にこんな怒りを覚えるなんて見当違いである事は分かっている。だがそれでも、気に食わないな。

「……──たかだか子供? マアラ、君は私がわざわざプレゼントを贈るような相手がただの子供だと、本当にそう思うのか?」
「っ!? いや、それは……その……」

 低い声で冷たく一瞥すると、マアラはビクッと肩を跳ねさせて視線を泳がせた。

「彼女は一国の王女だ。私が敬服し、希少な宝石を贈りたいとさえ思う程の貴き存在。国家予算相当の価値がある宝石を贈るには、これ以上無い相手だと思うんだけど」

 流石に、フォーロイト帝国のとまで言うとマアラも不審に思うだろう。だからそれは伏せて彼女の立場だけ伝えた。
 するとマアラは目を白黒させてから、居心地の悪そうな顔で「……後で怒られても知りませんからね」と言った。どうやら、ブルーナイトパールをプレゼントにする事を見逃す気になったらしい。

 まあ僕がここまで言う相手はそうそういないからな。マアラとてそれを知っているから渋々黙認したのだろう。
 そして僕は数時間かけて魔窟を抜け出し、外に出て真っ先にブルーナイトパールを扱う職人の元に足を運んだ。

 突然の僕の登場に冷や汗を流して戸惑う職人に「一番大きいブルーナイトパールを見せてくれ」と申し出て、更には「それじゃあ……そうだな。これをネックレスにしてくれ。大きさは勿論このままで」と依頼した。
 当然、その場にいた者達全員が顎が外れんばかりに口を開き、困惑する。
 ギョッとした顔のまま魂が抜けたような、そんな放心状態のマアラは放っておいて……どよめきだす職人達に向け、僕は更に言い放つ。

「これはとても大事な御方に贈る物だから慎重に頼む。代金は──……君達の望むもの(・・・・・・・)でどうだ」

 含みのある言い回しをした所、職人達は何かに気づいたように覚悟を帯びた表情で頷いた。
 こうして、前代未聞の取引は成立。僕は無事に大きなブルーナイトパールのネックレスを手に入れる事が出来た。

 ふふっ。やっぱり権力はこういう時こそ便利だよね。こんなの、僕が教皇代理でなければ叶わなかっただろうから。
 あの時職人達に告げた『君達の望むもの』というのは、教皇にのみ赦された文言。今では、教皇とその代理である僕に赦された言葉。
 それはその言葉のまま、何でも一つ望みを叶えてやる。というもの。
 職人達は、リンデア教の信徒ならば誰もが一度は参拝したいと夢見る、教座大聖堂にある選ばれた者しか入れぬ神殿の間……そこへの参拝許可を望んだ。

 そんな事でいいのならと、僕の権限で彼等に参拝許可を与えてこの取引は終わった。
 ブルーナイトパールのネックレスをきちんと包装し、ちゃんと手紙も書いてプレゼントを用意する。最後にそれを影法師で創り出した鳥に持たせて、

「良し、いいな? 人ではない魔に近い少年の元に向かうんだ。彼ならきっとすぐに事情を把握してくれるだろうからね」

 その鳥にシュヴァルツ君の元に向かうよう言い聞かせる。
 シュヴァルツ君だけが僕の事情を把握しているようだからね。これを利用しない手は無い。
 ちゃんと届くといいな。ちゃんと喜んで貰えるといいな。
 そんな、幼い子供のような気持ちに僕は暫くソワソワとしていた。

「──兄上、祈祷のお時間ですよ」
「ああ。今行くよ」

 弟に呼び出されるその時まで、僕はフォーロイト帝国がある方向の空をじっと見つめて黄昏ていた。