「でも確か国教会の聖人も一人称は僕って聞いたような」
「よーし先に進むぞぅ、私は忙しいからね!」
「……本当に聖人の事嫌いですよね、ロアクリード様」

 マアラの呆れたような視線がこちらに向けられる。
 あぁ、大っ嫌いだとも。彼の存在の所為で僕はこれまで苦労して来たのだから、好きな訳無いだろう。
 更に奥へ深く潜ろうと思ったのだが、僕はここで立ち止まる。くるりと振り返って、マアラの顔を見つめた。
 じぃーっ……と暫く見つめていると、マアラが酸っぱいものを食べたような顔をしながら「なんですか……?」と呟く。言葉の端々から溢れ出る、嫌気がさしていそうな声音。

「少女への誕生日プレゼントって、一般的には何が主流なのかな」
「え、少女?」
「丁度、十三歳になる女の子の誕生日プレゼント。何だったら喜んで貰えるのかなって」

 なんのかんのでかれこれ三日ぐらいは悩んでいる気がする。こういった場合、一人で悩んでいてもいい案は思い浮かばない。
 なので第三者の意見を参考にしようと思ったのだが。

「あの、人の性癖を否定するつもりは全然無いんですよ? 例えロアクリード様が小児性愛者で幼い少女に性的興奮を覚える変態だったのだとしても、愛の形は人それぞれですし別に個人の自由だと思います。ただ、流石に手を出すのはちょっと…………プレゼントで釣ろうとか屑の考えですよ……」
「ちょっと黙ってくれないかな? 最初から全部勘違いなんだよ、それ」

 マアラが心の底から引いたように言う。彼の表情は汚物を見るかのような、酷く侮蔑的なものに染まっていた。
 勝手に人の事を変態呼ばわりして屑と罵るなんて。部下としてどうなんだ、この男。失礼極まりないな。

「そもそも彼女はそういう存在じゃない。彼女は私の人生の指標……道しるべのような存在だ。愛だの恋だのなんて考える相手じゃないんだよ」

 何か酷い勘違いをしているマアラに彼女について説明するも、彼の表情は一向に変わらない。

「例え恋愛感情じゃなかったとしても、何歳も歳上のれっきとした成人男性からそんな感情向けられてたら、普通の女の子はドン引きですよ」
「…………嘘でしょ?」
「何でここで自分が嘘をつく必要があるんですか」

 僕は狐につままれたかのように呆然としていた。こんな生い立ちの僕に一般的な常識が備わっているなんて思った事は無いけれど、まさかこんな所でそれを痛感するなんて。
 そうか、普通の女の子は大人の男からこんな風に『道しるべ』だ『使命』だと想われていたらドン引きするのか。知らなかった……。

 いやでも、あの王女殿下だよ? あんなにもイリオーデ君やシュヴァルツ君やシャンパージュ嬢から重い感情を向けられている彼女が、僕のたったこれしきの感情に引くのかな?
 いやしかし。先述通り僕には常識というものがそこそこ欠如している。僕が問題ないと思い込んでいるだけであって、実際には彼女も迷惑しているのかもしれない。

 そう考えると……うむ、心苦しいなぁ。
 かと言ってやめられる訳でもないけれど。多分もう、指標を失う事なんて僕には出来ないから。

「……まぁ、大丈夫だろう。彼女はとっても魅力的だからね、こういう感情を向けられる事にも慣れているだろう」
「どんな生き方してたら、普通の女の子がそんな事に慣れるんですかね」
「それは僕も聞きたいよ。彼女は……本当に、色んな事に慣れすぎているんだ」

 その幼さからは考えつかない程。これまでの人生の殆どを閉塞的な世界で生きていたとは思えない程。
 彼女は色んな事に慣れていた。まるで既に何十年も生きているかのような、そんな落ち着きすらあった。

 その癖、たまに箱入り娘っぽい様子も見せる。
 彼女の育った環境が原因なのか、はたまた彼女自身に何か理由があるのか……。
 そう考えなかった訳ではないが、どうしても結論を出す事が出来なかった。

「はぁ……本当に、彼女の事はよく分からないな。何を贈れば喜んでくれるのか見当もつかないよ」
「まだ十三歳なら、まぁ、順当に行けばドレスとか装飾品なんじゃないですか? 自分は十三歳の少女にプレゼントを贈った事が無いので分かりませんが」
「一言余計だな君は。でも確かに、装飾品とかはいいかもしれない」

 そして僕はまた考え込む。さてどうしたものか……一括りに装飾品と言っても色々ある。何であれば彼女が喜んでくれるか、それが最も重要だ。

 やっぱり、聖人よりもいいプレゼントを贈りたい。聖人に負ける事だけが癪だからね。
 ならば何が良いだろうか……希少価値が高い方がいいか? それならフォーロイト帝国の方では見ない東特有の物がいいか。
 ジスガランドの特産かつ彼女に似合う物……うーん、何がいいだろう。装飾品にするのなら宝石類の方が──。
 そこでハッと思いつく。東特有の物かつ装飾品に出来る希少価値の高い物の存在に気づいたのだ。