「イリオーデが王女殿下の騎士になってくれる事が、俺の望みのようなものなんです。なので……俺が王女殿下の派閥に入る事でイリオーデが王女殿下と関わるきっかけになるのなら、いいなぁと思い」

 すると、イリオーデの表情が驚愕と困惑に染まり、複雑な色となった。その隣でシャンパージュ伯爵は考え込む。

「どういう、事なんだ。お前が……私の為に爵位を簒奪しただと?」
「ああ。お前は知らなかったかもしれないが、父さんは無能な俺じゃなくて天才のお前に後を継がせようとしてたんだよ。だけど、それだとお前は王女殿下の騎士になれないだろう? だから、俺が奪ったんだ。お前に与えられる筈だったこの座を、お前に与えられるよりも前に」
「──なら、何故……母も殺したんだ。母は、怪我を負いながら、私に逃げろと……そう……」
「母さんの傷は父さんが付けたものだ。あの夜に、父さんと母さんは後継者問題で言い合いになってた。多分、その末に父さんが怒りに任せて……。母さんは俺にも逃げろと言って来た。父さんを止められなかったからって」
「そん、な……」

 イリオーデは愕然とした。信じられないとばかりに、疑いの目をこちらに向けてくる。
 もしかしたら、イリオーデは世間に喧伝された強欲な俺の姿が真実なのだと思っているのかもしれない。……兄弟なのだから、少しぐらい俺を信じてくれてもいいだろ。
 イリオーデが俺に対してあまり興味関心が無いのは昔からだが。

「俺の話なんて信じられないかもしれないが、これが真実なんだ。俺の自己満足で揉み消して隠して来た事実。すまなかった、当時、何も言わなくて……お前に負担をかけたくなくて、重荷は全部俺が背負えばいいと、イリオーデにだけは何も話さず計画を実行してしまったんだ」

 そこに偶然重なってしまった事件の所為で母が死に、イリオーデは行方を眩ませた。俺が初めから話しておけばイリオーデがいなくなる事も無かったのかもしれないのに。

「だけど、俺が父さんを殺した事に変わりは無い。だからその事で批難されるのならば、俺は甘んじて全て受け入れよう」

 今までだってそうしてきたから。偉大な騎士であった父を殺した俺は様々な批難と後ろ指に晒されて来た。だがそれは俺が受けるべき正当な批難だったので、全てちゃんと受け入れて来たのだ。

「……私の、勘違い……だったのか。全部……初めから」

 呆然としたイリオーデがボソリと呟くと、その隣でシャンパージュ伯爵が「はぁぁ……」と大きなため息をついて、

「君達、一度腹を割って話し合ってくれないか? 部外者は退散するから、兄弟水入らずで一から話し合いなさい。それで、これまでの勘違いやすれ違いを正してくれ」

 また新たな提案をしてきた。それに驚いた俺達は視線を重ね、おずおずと頷く。
 すると、どこかゲンナリとした表情でシャンパージュ伯爵は「いや本当に……これは予想外だな……ちゃんと調査すべきか……」とブツブツ呟き、部屋を出る。
 部屋に残された俺達二人は、とりあえず向かい合って長椅子《ソファ》に座る。そう言えば客人に茶のひとつも出てないな、と気づいた俺は慌てて紅茶の準備に取り掛かる。