王女殿下……皇族は元より俺達が仕えるべき存在。帝国そのものとも言える。だが、騎士たるものは── 剣を捧げし相手の為に命を尽くすもの。イリオーデが王女殿下のみに剣を捧げると決めていたら?
 その場合、帝国騎士団団長という立場も、帝国の剣としての名誉も、あいつにとって足枷にしかならないんじゃないか。

 ようやく人間らしくなれたのに、このままだと、あいつはまた父の傀儡へと逆戻りだ。それに気づいた俺は一人で焦っていた。
 そんな中……皇后陛下が天に旅立たれ、王女殿下の身の安全の為にとイリオーデは皇宮に泊まり込むようになった。父も母もそれには強く反対したが、

『私はあの御方の騎士だ。あの御方が為に我が身命を賭すと決めた! これだけは、誰であろうと覆させない!!』

 イリオーデがあまりにも強く激しく感情を表に出して反抗したものだから、両親も渋々黙認するしかなかったらしい。
 その時、俺は理解した──……イリオーデは才能に満ちた不器用な人間だ。だからこそ、あいつは『誰かだけの騎士』として生きる事しか出来ない。

 あいつにとっては、帝国騎士団団長の座も、帝国の剣たるランディグランジュ家当主の座も、どちらも身に余るものなのだと。
 父は道を誤ったのだ。イリオーデがあまりにも才に溢れているからと、いつの日か当主の座を明け渡すつもりだったみたいだが……その為の英才教育が、仇となったな。

 父がイリオーデに刷り込み続けたその騎士道によって、イリオーデは『誰かだけの騎士』としてしか生きられなくなった。
 あいつは、帝国騎士団団長なんて国の騎士でもなく、帝国の剣なんて名誉の騎士でもなく、ただ一人……この人と決めた主の為だけに生きる騎士となったんだ。

 ……羨ましいかと問われれば、勿論羨ましいとも。俺だって、無能ではあるが騎士の端くれだ。ただ一人の主に剣を捧げ身命を賭して仕えるなんて、騎士としては人生最大の誉と言っても過言ではない。
 そんな相手に出会えた事が、とても羨ましい。イリオーデ相手に羨ましいだとか妬ましいだとか思うのは昔からだが……これ程純粋に羨ましいと思ったのは、初めてかもしれないな。

 俺も、この命を捧げたいと思ったレディがいなかった訳ではないが…………一言も話してなければ、簡潔に言うならばこれは一目惚れなので……騎士の誓いとかは、まぁ無理だろう。
 初対面の相手から騎士の誓いとか、俺がレディ側だったら正直言って引く。
 今となっては、仕えるべき主が見つかっていなくて良かったと思う。もし、そのような相手がいたならば。俺はきっと踏ん切りをつけられなかっただろうから。

 俺は兄だ。弟に嫉妬して、羨望も憧憬をも向ける最低無能な男だ。
 今まで、ただの一度も兄らしい事をしてやれなかった。だから俺は、兄としてお前の代わりに茨の道を行こう。

 大丈夫だ。こっちは俺に任せて、お前はお前らしくそのまま騎士と成れ。
 俺の分まで立派な騎士となり、王女殿下の騎士としてその身命を捧げろ。それがお前にしか出来ない、一番の兄孝行だ。