父の言葉にはいのみで答え、従っていたからか……イリオーデは変わってしまったのだ。
 しかしイリオーデは何も文句を言わない。相変わらずの非人間っぷりで淡々と日々を過ごしていた。
 それが、兄としては心配だった。このままでは一人で全てを背負い込みいつか人知れず壊れてしまうのでは、と。

 せめて自分の意思を……せめて感情を持ってくれ。
 神よ、どうかイリオーデに人間らしさを与えてやってください。そう、毎年天に願っていたぐらいには心配だった。
 その才能に何度嫉妬しようとも。俺にとって、イリオーデは可愛い弟である事に変わりなかったのだ。

 そんな俺達に、転機が訪れた。
 それはなんて事ない日。丁度、今と同じ冬の季節だった。いつも通り皇宮へと行ったイリオーデが、初めて見るような浮かれた顔で帰ってきたのだ。
 それに俺も、母も、家の者達も……全員が驚いていた。何事かと本人に問い詰めると、

『仕えるべき主が出来ました。私は、いずれお生まれになる王女殿下の騎士になる!』

 イリオーデの口元は弧を描いていた。
 それは、イリオーデにようやく訪れた感情の発露。天が、俺の願いを聞き届けてくれた証だった。
 自発的に何かをする事も発言する事も無かったあのイリオーデが、自らやりたい事を見つけ、こうして信念を得た事が本当に嬉しかった。

『そう、か……っ、お前はもう立派な騎士だな、イリオーデ。先を越されてしまったか』
『アランバルトも、すぐに主を見つけられるだろう』

 主がいるというものは、凄くいいものだ。とイリオーデは嬉々として語った。
 父から物心ついた頃より『騎士たるものは〜』と騎士道精神を教え込まれていた影響か、イリオーデはそれを基準にしか考えられなくなっていたらしい。

 あいつは根っからの騎士だ。最早それ以外の生き方など出来ぬぐらい、あいつと言う全てを構成するものの大半は騎士道なのだろう。
 それに少し憧れるのと同時に、俺は焦燥を覚えた。
 イリオーデはようやく人間らしくなれた。俺の分まで立派な騎士となってくれるだろう。
 だが、もしこのまま家督を継がされたならば、イリオーデの騎士道は絶たれるのではないだろうか?