父は厳格で立派な騎士だった。帝国の剣の名に恥じぬ気高き騎士だった。
 だが、その在り方に囚われている節があった。帝国の剣、ランディグランジュの騎士……それに拘る父は早々に俺に見切りをつけ、イリオーデに教育を集中させた。
 変わらず俺にも教育はあったものの、気がつけば、イリオーデのそれは桁違いになっていたのだ。

 長男である俺に家督の継承権はあったが、それも近いうちに無くなるだろう。俺は父に選ばれなかった。俺では父の目に映る事すら出来なかったのだ。
 それを母は悲しんでくれた。一緒に泣いてくれた。そして、『あの人を止められなくてごめんなさい、アラン』と謝って来た。
 母は父が少しおかしい事に気がついていたのだ。父がイリオーデにばかり執心する中、母はその代わりとばかりに俺に沢山愛情をくれた。

 でもこの時には既に、俺ももう殆どを受け入れようとしていた。イリオーデとの力量の差は俺自身が一番分かっているし、俺がランディグランジュ家当主に──……帝国の剣に相応しくない事だって理解している。
 だからもう、それについては仕方の無い事と割り切っていた。幼い頃に抱いた憧憬も夢も全て捨てるのは、少し心苦しかったが……そうするしかなかったから。

 イリオーデならばランディグランジュ家の当主としても、帝国の剣としても、きっと大成出来る。ならば俺は兄としてせめてそれを応援し、支えてやらないと。
 兄とは、弟妹を守り、支え、導くもの。俺にはイリオーデを守る事も導く事も出来ないから、せめて支えないと。そう思ったんだ。

 ある年、たまにはイリオーデにも息抜きをと考えた母により、俺達は皇宮へと連れて行かれた。そこで俺達は将来仕える事となる皇后陛下と王子殿下と対面した。
 それからが大変だった。何がどうして、その一年後にイリオーデが王子殿下の遊び相手に指名されたのだ。

 俺達のうちどちらかを、と皇后陛下は元より考えていたそうで……長男である俺を皇宮に縛り付けては様々な事に支障をきたすかも、と次男のイリオーデを指名したらしい。
 皇后陛下の命令を帝国の忠臣たる我が家の人間が断れる筈も無く、イリオーデは王子殿下の遊び相手としてほぼ毎日皇宮に推参するようになった。

 勿論、父はこの事が非常に面白くないようであった。だが皇后陛下の決定を覆す事は出来ない。なのでイリオーデは皇宮に行く前と行った後に、明らかに無茶な鍛錬と教育を受けていた。
 本人は無自覚なようだったが、イリオーデは昼寝が好きな子供だった。それなのに、いつの間にかあいつは夜に長時間眠る事も必要としなくなってしまった。