「──ねぇ、今、何と言った? 皇太子の誕生パーティーがどうのって聞こえた気がしたのだけど」

 その声に、三人はハッと息を飲む。そして彼等は一糸乱れぬ動きで跪いた。

(まさか聖人様がいらっしゃるなんて。どのようなご要件なのか……)
(嗚呼っ……聖人様、いつ見てもなんてお美しいのかしら)

 アウグストとメイジスがそれぞれ自由に思案する中、ジャヌアは突如として現れたミカリアに用向きを伺う事とした。

「聖人様、何故このような所に……?」

 何故ならここは大司教達の職場、大聖堂のすぐ裏手にある天空塔。そう滅多にミカリアが訪れぬ場所だからだ。
 それなのにミカリアが突如として現れた事が、彼等は疑問でならないのである。

「今聞き捨てならない言葉が聞こえたからね。それで、皇太子がどうのって話……詳しく聞かせてくれないかな」

 いつになく真剣な面持ちを作るミカリアに、三人はこれが己の想像以上に重大な事柄なのであると誤解した。

(そうか、これは皇太子の誕生パーティー。我々が独断で決めて良い筈が無かったのだ。これまで聖人様がこの手の招待状に関与して来なかったからと、今回とて同じとは限らないだろう。耄碌したな、ジャヌアよ……)
(聖人様がここまで仰るのだ。もしやこの招待状にはオレ達でも分からないような重大な何かが隠されているのやもしれない)
(あの招待状には聖人様が動かれる程の何かがある、と言う事ね。良かったわ……取り返しがつかなくなる前で)

 と、明後日の方向に誤解していく三人。しかし実際はこうである。

(皇太子の誕生パーティー、招待状……そんな単語が聞こえて急いで飛んで来たけれど……危なかった。帝国からの招待状なんて他の誰にも渡してなるものか。だって合法的に姫君に会える機会なんてそうそう無いし! こんな千載一遇の機会を逃す訳にはいかないだろう!)

 あまりにも自由。アミレスに会いたくて会いたくて仕方の無い男が、ただ職権を乱用しようとしているだけである。
 そんな事とは露知らず、ジャヌアは招待状についてミカリアに丁寧に説明した。そして、ジャヌアより一通りの説明を聞いたミカリアは、輝く笑顔で彼等に向けて言い放つ。

「よし。皇太子の誕生パーティーには僕が行こう」
「え?!」
「この件に関しては僕が預かるので、君達はもう気にしないでくれたまえ。大丈夫、悪いようにはしないさ」

 ははは。と浮かれた笑い声を上げつつ、ミカリアは有無を言わさぬまま招待状を手にその場を後にした。開いた口が塞がらないままその場に置き去りにされた三人は、溢れんばかりの困惑に暫しの間襲われ続ける。
 その原因となった嵐のような男、ミカリアはと言うと──、

「やったぁ〜〜っ! 姫君に会えるぞ〜!! バンザーイっ、フリードル殿下の十五歳の誕生日バンザーイ!」

 自室でそれはもう、はしゃぎ倒していた。
 全くフリードルの誕生日を祝うつもりなど無いのに。そんな事欠片も思っていないのに。ただアミレスに会う口実と手段を与えてくれたと言う理由だけで、彼はフリードルバンザーイ! なんて叫んでいるのだ。

「あ。そうだっ、帝国からの招待状ならもしかしたらアンヘル君も貰ってるかも! ふふっ、アンヘル君も誘って一緒にパーティーに行こーっと!」

 いつかの己の誕生日に知人(・・)から貰った巨大なぬいぐるみに抱き着いて、ミカリアは旅行前夜の子供のように暴れ回る。
 こうして。国教会から聖人自らが皇太子の誕生パーティーに出向くと言う、前代未聞の事態が訪れる事となったのだ。