『……相当忙しいのかな』

 ぐぅううううう……とまた腹の虫は鳴る。

(ハイラにあんまり迷惑かけちゃ駄目、ってアミレスにも言われたし……自分で取りに行こうかな、食べ物)

 うん、そうしよう。とぼーっとする頭で決意したアミレスは布団を羽織って寝台《ベッド》から立ち上がる。
 立ちくらみを覚えつつも、気を抜けばすぐに倒れてしまいそうな体でアミレスは歩く。布団を引き摺りながら裸足でペタペタと廊下を進む。
 人っ子一人いない静かな廊下。それ自体は人が圧倒的に少ない東宮ではいつもの事なのだが……本当に、どこにも人の気配を感じないのだ。

『ん? 外が騒がしいわね』

 大きな階段を降りると、その前にある正面玄関の向こうから騒ぎ声が聞こえてきた。扉に近づき、聞き耳を立てると、

『おいおい、どこの家門の騎士だか知らないが礼儀がなってないんじゃないか? 俺達は貴族だぞ。どうせ平民なんだろ、貴様。こんな所に相応しく無いのは貴様の方だろう!』

 そんな誰のものかも分からない叫び声が聞こえて来たのだ。
 その会話からして、もしかしたらこの扉の向こうにはイリオーデがいるのでは。とアミレスは考える。

(外にいるから、わたしの部屋の前にはいなかったのね。厄介事かしら……)

 この間も、外からは『そうだそうだ』『どこの家門の騎士か名乗れ!』『お前ッ、何様のつもりでまた無視して……!!』と言った野次が聞こえて来る。
 これは厄介事だ。と確信したアミレスは肌が凍るような寒さを耐えつつ扉を開き、

『わたくしの宮の前で……何を騒いでいるのかしら』

 この東宮の主らしく、堂々とした口調で姿を現したのだ──。

「……と、いう感じで。目が覚めたら誰もいないし、とにかくお腹がすいたから厨房に行こうとしてたの。これでも、今もすっごくお腹がペコペコなのよ」
「申し訳ございません、私が部屋の前にて待機しておれば、王女殿下にこのようなご苦労を強いる事も無かったのに……!」
「仕事なんだから仕方ないよ。そんなに気にしないでちょうだい、イリオーデ」

 イリオーデに全身を預け、アミレスはここまでの簡単な経緯を話した。
 その際、イリオーデが仕事で東宮前の警備をしていた事を知り、アミレスは成程……と納得もしていた。なのでその事で謝罪して来るイリオーデに気にするなと繰り返している。

「ねぇイリオーデ。前からずっと聞きたかったのだけど」
「は、何なりとお聞き下さいまし」

 ふと、気になる事があった。アミレスはイリオーデの端正な横顔をじっと見上げつつ、口を切った。