「王女、殿下──っ!?」

 真っ先に反応したのはイリオーデだった。
 歓喜に打ち震えた声で彼女を呼び、そしてすぐさま跪いた。今にも泣き出してしまいそうなところをぐっと堪えて彼は目前の少女に平伏する。

「ねぇ、そこの貴方達。わたくしの騎士に何か用かしら。それとも……んんっ、私《わたくし》に何か用?」

 途中で一度咳払いをして、アミレスは目前の男達に問うた。しかし男達は皆放心状態で返事は無い。
 病み上がりという事もあって普段より儚さも美しさも五割増のアミレスに、完全に見蕩れているのである。

「あれ。無視された……?」
「王女殿下、そのような薄着ではお身体に障ります……!」
「別に少しぐらいなら平気よ」

 せめてこのマントをお使い下さい、とイリオーデが差し出すもアミレスは「貴方が体調を崩してしまうから」とそれを断る。
 しかし、アミレスは病み上がり。さらにこの薄着ときた。
 これ以上外にいるとアミレスの体に障ってしまう。だから何としてでも早くアミレスに中に入って貰わねば……とイリオーデは焦り、この事態を──あの不敬な輩を追い返す方法を捻り出した。

「王女殿下、ここは私にお任せ下さい」
「え?」

 キリリとした顔で立ち上がると、一歩前に出てアミレスをその背に隠し、イリオーデは男達に向けて宣言する。

「先程どこの家門かと聞いて来たな、必要ならば答えよう──私の名前はイリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。王女殿下の忠実なる騎士だ」

 その名を聞いて、男達の顔が全て青く染まりゆく。中でも騎士達のそれは酷かった。
 この国で騎士を志す者なら誰もが耳にする帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家。丁度イリオーデと同年代の騎士達ならばこれも聞いた事があるだろう──……十年前に消えたランディグランジュ家の神童、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。その名を。
 これまでは兄に見つからぬように、とその素性を隠して来たイリオーデだったが……先日爵位簒奪計画の関係で兄と十年ぶりに会って色々と話し合った為、もう正体を隠す必要もなくなったのだ。

「……っ?!」
「ラン、ディ……グランジュ……の神童……ッ!?」

 貴族の男達がぱくぱくと魚のように口を動かしたり、その名に戦慄する。今更その美しい青の髪がランディグランジュのものであると気づき、冷や汗を流す男は酷く後悔した。
 何故、もっと早く……最初から気づけなかったのかと。
 ガクガクと全身を小刻みに震えさせ、歯をガチガチと鳴らす護衛の騎士達。騎士達にとってランディグランジュという存在は最早雲の上の存在であると同時に、畏怖の対象なのだ。

(……ランディグランジュ、ってなんだっけ。なんか、凄く聞き覚えはあるんだけど……記憶がぼんやりしてるというか、体がぼーっとしてるというか、お腹がすごく……ぺこぺこだわ……)

 その中でただ一人、アミレスだけは全く働かない頭でのんびりと考え事に耽ける。三週間の昏睡の影響が、その体に色濃く出ているようだ。
 毅然とした態度で男達の前に現れたアミレスだったが、現在の彼女の脳内はかつてない程にぼんやりとしていて、本人の不調が顕著に現れている。
 そんな状況でもそれを表に出さないのだから、流石はフォーロイトの血筋としか言いようがない。