「……でもね、私……お父様や、兄様が死んじゃうぐらい、なら…………私が、代わりに死にたい」

 アミレスが泣き止んだそばから恐ろしい事を口走る。何を言ってるんだ、この子は。

「お父様に怖い顔をさせて、兄様に冷たい顔をさせる私なんて、本当はいない方がいいの。でも、それでもね……私が少しでも、お父様の役に立てる子になれば、兄様の気を悪くしないいい子になれば、そうしたらきっと……私も愛してもらえるって……そう、思ってたの」

 そう語ったアミレスが、儚く笑う。その微笑みはとても、純粋無垢な少女がするものでは無い。
 どうして『思ってた』って……過去形なんだ? 今は思ってないのか? でもおかしい、アミレスはずっと変わらずあの二人の愛を求めてるのよ。一体どういう──……っ、まさか!?

 その時、私は一つの可能性に行き着いた。
 この空間が何なのか、そして目の前にいるアミレスが何なのか。いつか悪魔から聞いた言葉や、私の心で起きた事を思い出し、答えを見つける。
 ──アミレス、貴女…………私の記憶を見てしまったの?
 僅かに口元が震える。その時、アミレスはただ儚い微笑をたたえていた。

 ああそんな、最悪だ。よりにもよってアミレスにあれだけの悲しい結末を見せてしまうなんて。
 ここは悪魔と何度か出会った夢の世界……私の精神世界に酷似している。そして目の前に在るアミレスは、きっとアミレスの残滓そのものだ。
 この世界が私達の知識や記憶を流出させまいとしていようと、完全に心と体が同化したのなら……その限りではない。何せ私は常にアミレスの残滓に苦しめられていた訳だし、稀にだがアミレスの記憶が再演《フラッシュバック》される事もあった。

 アミレスの感情が痛い程伝わってくる事もあった。心の奥底から湧き上がるようなそれに、私の心は何度も侵食されていた。
 つまり、アミレスと言う存在は確かにずっと私の心の奥底にいたのだ。言うなれば深層心理にある無意識領域……そこに眠っていたアミレスの記憶や感情が私に伝わるぐらいなのだから、私の記憶や感情がアミレスに伝わらない訳が無い。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている──……これはまさに、そう言う事だった。だからアミレスは、『思ってた』と過去形で語ったんだ。そう信じて行動した末に、自分がどうなるかと知って。
 ……じゃあ、どうしてあの結末を知っても尚、そんな風にあの二人の愛を求めるの? 死ぬって分かってて、どうして。

「私は誰かに作られた存在で……どれだけ頑張っても、お父様と兄様には愛してもらえないって知った時は、凄く辛かった。私が何度も死んだ事よりも、愛してもらえない事が嫌だったの」

 先程まで小さかったアミレスが、瞬きの間に大きく……ゲームで見た姿へと変貌していた。今の私よりも大きな、未来の姿で彼女は、

「でも……それでも私は、お父様と兄様が大好き。これが絶対に叶わない望みだとしても、これが誰かに与えられた感情なのだとしても、私はずっと──……お父様と兄様を、愛してるわ。それだけが、出来損ないの私に出来る事だから」

 あどけない笑顔を浮かべた。愛されず、利用され、棄てられると分かっていても……彼女は絶対にあの二人を愛すると言った。