「説明の前に一つだけ、懸念点を除きたい。そちらのレディは本当に──……八年前に失踪したマリエル・シュー・ララルス侯爵令嬢なのか? 入室してから一度も顔を見せず一言も発さず、シャンパージュ伯爵が用意した影武者、といった可能性は無いだろうか」
「ふむ、つまり彼女が本物のマリエル・シュー・ララルス令嬢ではないと疑っているのですね?」

 ケイリオル卿が確認すると、アルブロイト公爵は一度こくりと頷いて、

「その可能性が拭い切れぬというだけだ。何せ五年程我々のような家門が捜索していたにも関わらず、行方が分からなかったのだ。死亡説すら出ていたレディが八年後に突然現れたとなれば、疑うのも無理はないと私は考える」

 こちらに視線を向けた。
 アルブロイト公爵に引っ張られるように、その場にいた人達の視線が私に集中する。彼の言い分は正しい。寧ろ、そう考える事が普通でしょう。
 シャンパージュ伯爵に素性を明かした時は、過去に何度か会った事があり昔の私と母の顔を知っていた事……それとララルスの証明になるペンダントのお陰もあり、彼にも何とか信じて貰えたのだ。

 それなのに、顔も声も明らかにしていない今の私を、彼等がイマイチ信用出来ないというのは当然です。
 一度シャンパージュ伯爵に視線を送ると、彼は仕方ないとばかりに伏し目で頷いた。叙爵式まで顔を晒すつもりは無かったのですが、致し方ない。
 一度深呼吸をしてから、髪飾りを外してベールを取った。それと同時にポケットからペンダントを取り出して、私は堂々と名乗った。

「──ご挨拶が遅れました事、大変申し訳なく思います。私はマリエル・シュー・ララルス。正真正銘、ララルス侯爵家の人間です」

 屑や夫人達の反応は予想通りのもの。怒りや恨みの籠った目を吊り上げてこちらを睨んで来る。
 オリベラウズ侯爵とフューラゼ侯爵が柔らかく頬を綻ばせ、侍女《ハイラ》の私を知る方々はこの顔と声に驚きを露わにしていた。

「ふむ、どうやら他の者達の反応からして本物らしい。疑ってすまなかった、レディ。それだけ君の事を心配していたのだと思って欲しい」

 アルブロイト公爵が小さく笑みを浮かべる。カラス達からも聞いてましたからね……あの屑が私の捜索に他の侯爵家だけでなくアルブロイト公爵家まで巻き込んだというのは。
 実際にアルブロイト公爵に会った事はほんの二回程でしたが、昔から意外と茶目っ気のある良い人なんですよね。アルブロイト公爵は。

 物静かでありながらしっかりとした雰囲気を纏う、厳格で渋い公爵様……巷で女性達から『本気で恋しそうになる』と言われているだけはありますね。素であんな事を言ってのけるのですから、当然女性達は簡単に心奪われてしまうでしょう。詳しくは知りませんが。
 しかし、何故ランディグランジュ侯爵はあんなにも間抜けな顔をしていらっしゃるのか。八年間行方不明だった人間が生きていた事は、そこまで驚く事でしょうか。