「……誰かいるのでしょう、少し相手をしてくださらない?」

 その日の夜。一日中あまりにもやる事が無さすぎて完全に暇を持て余していた私は、宿館《ホテル》の方に無理を言って裁縫道具をお借りし、ハンカチーフに刺繍を施して暇を紛らわしていました。
 しかしそれでも気分的には手持ち無沙汰。いつもは暇だと思う暇すら無い忙しさでしたので……こんなにも何もしない時間が苦痛で耐え難いものとは思いもしませんでした。
 なので、私は話し相手にと窓の外に向けカラスを呼んでみたのですが。

「おじょー、おれ話すの苦手だけどだいじょーぶ?」

 近くの木に逆さでぶら下がり姿を見せたのはシードレンでした。夕方まではイアンがいたのですが、どうやらいつの間にか交代していたようですね。
 私は彼を部屋に招き入れ、「椅子は沢山あるので、自由に座りなさい」と告げて先程と同じ場所に座る。するとシードレンがわざわざ私の真隣に座って、

「こーやっておじょーに膝枕してもらうの久しぶりかもー」

 勝手に人の膝を枕にしやがりました。随分とまあ腑抜けた顔で……確かに、昔私がまだララルス邸にいた頃は訓練を抜け出した彼にこうして膝枕をしてやった事がよくありましたが、いい歳して何言ってるんでしょうかこの男。
 確か今年で二十五歳でしょう、何をまだ甘えん坊みたいな事を言って……。

「おじょー難しい顔してる。やっぱり、おひめさまと離れ離れになっちゃうから?」
「……そうですね。姫様のお傍を離れる事は、我が人生一番の苦痛であると思ってますから」
「おれ、おじょーにはずっと笑っててほしいんだけどなー。侯爵の仕事と、侍女の仕事って掛け持ち出来ないの?」
「いくら私でもそれは無理ですよ。だからこうして侍女を止める事にしたのです」

 昔の癖か、無意識のうちにシードレンの頭を撫でていた。昔はこうして頭を撫でてあげないと彼からぶーぶー文句を言われてしまいましたから。
 ……今思い返せば、どうして私が文句を言われていたのでしょうか。今も昔もシードレンが勝手に私の元にやって来て勝手に頭を乗せて来ただけでは。
 十年越しとかで気づいた理不尽に、少し、苛立ちを覚えていると。

「あぁーーーっ!? シードレンずるいっ、あたしもお嬢様に膝枕して貰いたい!!」
「マーナ、一応今は夜なのですから静かに」
「あっ……ごめんなさいお嬢様。じゃなくて。あのねあのね、報告があるの!」

 叫び声と共にマーナが窓からやって来ました。犬のように私の膝元までやって来て膝をつき、期待に満ちた目でこちらを見上げてくる。
 ふぅ、とため息をつきつつ彼女の頭も撫でてあげると彼女は嬉しそうに口角を上げた。