「…………本当に飲むなんて……」

 そんな事を呟きながら、男はぎょっとしていた。

「貴方が飲めと言ったから飲んだのですが…?」
「いや、君は貴族のご令嬢だろう? それなのに見知らぬ男から出されたものを何の疑いもなく飲むなんて……と思ったんだ」

 男は信じられないとばかりに眉をひそめていた。
 だって私毒効かないから……とは言えないわね、普通の女の子は毒が効くものだし。
 そんな事より、何故私がそれなりに高貴な身分であるとバレてしまったのか。まさかこの男、皇帝側の人間……?!
 瞬時に私の体は緊張状態へと移行した。もし目の前の男が皇帝側の人間なのだとしたら、非常に不味い。
 ……いや待てよ、今までこの人は私の事を貴族の令嬢と言っていた。私がこの国の王女だと知らない又は気づいていない可能性もある。
 まだ敵と決めつけるには早過ぎる……とりあえず、一旦は警戒しつつ様子見ね。

「おや、ではこれには毒でも入っていたのでしょうか。大変ですね……ほとんど飲んでしまいましたわ」

 私は口元に軽く手を当てて演技をする。
 本当に私への殺意があるのなら、きっと何かしらの反応を見せる筈だ。
 優雅に笑窪を作りながら私は男を観察する。しかし男の様子は先程と変わらず、ただ驚いているだけのようだった。
 そして男は小さくため息をついて、

「いいや、そんなものは入れてない。それは本当に相席させて貰うお礼にとつい先程頼んだばかりのものだ……すまないね、変な事を言って無闇矢鱈と怖がらせてしまって。あまりにも君が無防備なものだから、つい、声をかけてしまったんだ……」

 深々と頭を下げてきた。その言葉に嘘は感じられず、私は慌てて、頭を上げてください! と伝える。
 そして先程の言葉で気になった所を男に尋ねた。

「あの、何故見ず知らずの私に注意をしようと……?」
「……君のような無防備な貴族の子供はろくでもない大人達の格好の餌なんだ。だから危険な目に遭う前になんとかこういう場から離れさせないと、と思い、相席させてくれと少女が怖がって逃げてしまいそうな事をわざわざ言ったのに……」

 男は、はぁぁぁ……と重苦しい息を吐きながら、片手で頭をガシガシと掻き乱した。

「……君はそれを了承してしまった。更には僕が差し出したものに迷いなく口を付けて……駄目じゃないかそんな事したら……危ないだろう……そもそもどうして貴族令嬢がこんな所に護衛一人つけず……」

 ゴンッという音と共に男の額が机に落ちる。
 ──もしかしなくても、この人めちゃくちゃいい人なのでは? なんだかとても私の心配をしてくれているぞ?
 ……敵かと疑った事が少し申し訳なくなってきた。なんだ、凄くいい人そうじゃない。
 とにかく気を取り直して、机に突っ伏す男に声をかける。