「私は、マリエル・シュー・ララルスと申します。……八年ぶりですね、フルカ」

 貴族らしく一礼し、私は微笑みを貼り付ける。するとフルカは今にも泣き出してしまいそうな声音で、皺のある顔を更に皺だらけにして、

「……っ、お帰りなさいませ。マリエルお嬢様……!!」

 深く背を曲げた。そんなフルカの肩に手を置き、私は告げる。

「もうすぐ私はお嬢様ではなくなるので、そう呼ぶのはおやめなさい」
「それは、どういう……?」

 顔を上げ、ぽかんとするフルカ。私は一度シャンパージュ伯爵と顔を合わせてニヤリとアイコンタクトをとり、

「私……この家の全てを、奪いに来ましたの」

 笑顔で宣言しました。パチパチと瞬きするフルカに向けて「ひとまず応接室に案内してくださる?」と告げると、彼は慌てて応接室までの案内を始めた。
 一度後ろを振り向くと既にイアンの姿は無く、もうカラスの任務の方に戻ってしまったのかと少し残念な気持ちになりました。

 通された応接室で紅茶を出され、それを飲みつつ私達はあの屑が出て来るのを待ちました。フルカ曰く、朝方という事もあってまだこの家の人間はほとんど目を覚ましていないのだとか。そのお陰もあり、私はララルスの人間に姿を見られる事無くここまで来られましたけどね。

 しかし……あの屑に至っては、相も変わらず気に入った若い女性を連れ込んでは手をつけていて……昨晩も獣のように励んでいたとかで、全く起きる気配が無いらしいです。
 フルカが被害者の女性達に適切な処置を施し、何とか避妊はさせて来たからか面倒な事態はこれまで避けられたようですが、相変わらずの危機管理能力の無さですね、あの男は。

 なので目的の屑は起きてくる気配が無く、かれこれ三十分近く待ちぼうけをくらっているのですが。

「由緒正しき侯爵家の当主ともあろう御方が、まさかこんなにもだらしない朝を過ごしているとは」
「ララルス一の恥、最悪の汚点が大変ご迷惑をおかけしております……」

 シャンパージュ伯爵の何気ない一言が私の胸を貫く。何度も言いますけど、この身にあの男の血が流れている事が本当に嫌で仕方無い。我が身からあの男の血だけを抜きたいぐらいだ。

「もう、こうなればこちらから出向くしか無さそうですね。どうせいつまで待とうともあの屑は出てきませんから」
「おや。ララルス侯爵の寝室をご存知で?」
「八年前と変わってなければ。あの屑の侍女をやらされていた事もありましたので」

 スっと立ち上がり、私は先導してあの男の寝室を目指した。八年経っても大まかな間取りは変わってないので特に迷う事なく、たまにすれ違った侍女や召使に幽霊でも見たかのような顔をされつつ廊下を歩いて行く。

 まあこれでも八年前に失踪し、当時母と私に随分とご執心だったあの屑の指示で、ララルス侯爵家やそれに巻き込まれたいくつもの家門が数年かけて捜索したにも関わらず、結局見つからなかった事になっているのですから、私は。
 もうとっくに、どこかで野垂れ死んだとでも思われていたのでしょう。