ずっと東宮の中で生きて来た姫様は、私の知らぬ間に外の世界へと出られましたね。単身で奴隷商の本拠地に乗り込んだとか、貧民街を何とかしたいとか、オセロマイト王国を救いたいだとか……私達が何度注意しても全く学ばず反省して下さりませんでしたね。

 それもまた、姫様の魅力の一つなのですが……だとしても危険を冒しすぎなのです。どれだけ私の肝を冷やしたら気が済むのですか。なんて思いつつも、私は、姫様がこの広い世界を少しずつでも楽しんで下さっている事が嬉しかったのですよ。ただ、やはり無茶をしすぎとは思いましたが。

 姫様がオセロマイト王国より戻られるまでの数週間……私は誰も帰って来ない東宮にて一人過ごしていました。ああ、あの時が一番、心が苦しかったですね。姫様はどこにもおらず、その無事を祈る事しか出来なくて。何度心が折れてしまいそうになった事でしょうか。
 姫様がオセロマイト王国よりお戻りになられた時。私はあまりの嬉しさに涙を堪え切れませんでした。はしたないと分かっていても、どうしても姫様への思いを抑え切れなかったのです。

 その後、姫様はまた新たな子供を連れ帰って来ましたよね。孤児に続いて今度は竜種と聞いて私は自分の耳を疑いましたよ。しかしシュヴァルツもナトラも姫様が好きだと言う点では話せる事もあり、本人達が妙に侍女業に興味を抱いた事から、私はよく二人と関わるようになりました。
 かなり世間知らずで無知な二人ではありましたが、こと掃除に関してはかなりの速度で上達して、今となっては、二人に東宮の一階部分を纏めて任せてもいいのでは、と思える程の掃除の腕前です。少し、私の仕事が減ってしまい寂しい思いにもなりました。

 いつからでしょうか。私は、悪夢を見るようになりました。
 姫様が外の世界に出るようになられた頃から……その悪夢は少しずつ、ゆっくりと私の背後に迫って来ていたのです。最初はとても朧気なもので、ただ、とても苦しくて悔しくて……その悪夢から目覚めるといつも私は泣いていました。
 それも一日、一週間、一ヶ月、と日を重ねるにつれてどんどんはっきりとした悪夢へと変貌しました。ピッタリと私の背に張り付いたその悪夢は、私を恐怖の谷底へと突き落として来たのです──。

『…………姫様、が……処刑……? なん、で。どうして……』

 皇帝陛下より勅命を賜りハミルディーヒ王国に向かわれた姫様が、『祖国の裏切り者』と呼ばれ処刑された。その報せを聞いた今より少し歳をとっているようだった私は、理解不能なその現実を受け入れられず、ただ絶望しておりました。

 姫様を失った私は絶望の淵にて膝をつき、苦しみのあまり身動きも取れずにいました。夢なのに…あの悪夢は、まるで我がものとばかりにその艱難辛苦を私の心に残していったのです。
 果てにその悪夢にて、私は姫様の物に囲まれたまま……歴史ある東宮に火を放って自ら命を絶ちました。

 姫様のいない世界など必要無いと、私が生きる意味も無いと、そう……悪夢の中の私は思ったのでしょう。炎に巻かれ、皮膚が焼かれ焦げ爛れようと何も感じませんでした。熱気で内臓はやられてしまい、煙の所為で息が出来なくても何も感じませんでした。

 そんなものよりも、姫様がもうこの世のどこにもおられないという悲しみや苦しみの方が強かったのです。