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「さて。それじゃあ話して貰いますよ……一体誰の差し金なんですか?」

 意地悪男だけを近くの路地裏に連れてゆき、剣先を喉元に突き立てて私は問い詰める。
 先程私達がいた場所には早くも人が集まりつつあり、流石に人前で大人を脅す訳にもいかないので姿を隠したのだ。
 実際に私が彼等を制圧した様子を見ていた人がいたならばまだしも、『子供を拐かそうとして返り討ちに遭った』なんて事……言いたくもないだろうし、言っても普通は信じて貰えないだろう。
 この状況、全面的に私が有利なのだ。
 しかしそれでも注意は怠らない。私は水を限りなく細分化して擬似的な霧を作り出し、辺りに霧を立ち込めさせた。

 これはシルフより学び、自分なりに水の魔力の汎用性について考察した末に編み出した魔法だ。
 シルフやエンヴィーさんが教えてくれたのだ。水程使い勝手のいい魔力は無い、と……最初は本当に? と疑ったものだけれど、いざ色々と考え試しているとその言葉の意味を理解した。
 今まで誰もそうしようとしてこなかっただけで、水の魔力はなんと水の温度を操れるのだ。これで分かった事だろう──氷だって作れちゃいます。
 一回普通に氷を作っちゃった際、シルフ達に『絶対それ人前でやらないようにね』と釘を刺された。……確かに、氷の魔力を持たない私が氷を作ったら何事かと大騒ぎになりそうだ。
 なので、水の温度を下げる……この魔法に名をつけるならば氷点化というのはどうだろうか? 中々にお洒落じゃないか? ダサいとは言わせないぞ!!
 さて話が少し逸れてしまった……霧に関しては大した事をしていなくて、私の魔力で水を生み出すのだとしてその生み出した水が形を持って現れる際に限りなく細分化し、ミスト噴射の如く出しているだけに過ぎない。
 本当に大した事はしていないのだ。ただこの霧は絶え間なく膨大な量のミストを発生させなければならないので、それなりに魔力も消費するしただの目くらましにしかならないから、正直言ってコスパが悪い。
 あまり使いたく無かった手段でもある……。

「うっ、裏の奴等だ! 一人のガキや貧相なガキをよく誘拐して売り捌いてる奴隷商がいやがんだ!! 俺達はそいつ等に命令されてガキを何人か連れてっただけなんだ! そうだ、脅されてたんだ……っ、命令に従わねぇと殺すって!!」

 意地悪男は必死の形相で訴えかけてくる。その口の端は醜く歪んでいて、その発言がこの男の作り話である事を物語っていた。
 ……目は口ほどに物を言うとはこの事なのかしら。この場合は顔だけれど。
 それにしても、奴隷商がこの国にいるなんて……フォーロイト帝国ではずっと昔から人身売買等を法で禁止している。それなのに国の目を掻い潜って人身売買を行う奴等がまだいるとは……。

「主犯格の名前は?」

 この件は後でケイリオルさんにでも伝えておこう。そうしたらあの人がどうにかしてくれるかもしれないからね。皇帝への忠誠心が凄いあの人が、この国で人身売買をする人間を許す筈がないし。

「…………」

 男はぎゅっと口を真一文字に結び、露骨に視線を逸らした。その肩や足は小刻みに震えていて、様々な事へ恐怖している事が分かった。
 しかしそんな事は私には関係無い。私が追い打ちをかけるように「死にたいのであれば言わなくてもいいですよ」と言い放つと、男はあっさりと口を割った。

「デイリー・ケビソンって子爵の男だッ! お、おい、ちゃんと話してやったんだから助けてくれよ…っ」

 男は目を強く見開き、喉を震わせながらこちらを見上げている。それは恐らく、私がまだ剣を下ろしていないからだろう。……殺しはしないけれど、多少は痛い目を見ないとこういうのは改心しないもの。仕方ないわよね。

「ぐぁっ?! 話が、ちがっ……!」
「貴方は死んでないのだから話通りではあるかと。では私はこの辺りで、失礼」

 下手に暴れたり逃走したり出来ぬよう、私は男の太ももに少し深い傷をつけておいた。深いとはいえ、治療したらすぐにでも治る大した事のない傷だ。
 血が流れ出る足を押さえてのたうち回る男を置いて、私は人目につかぬようその場を後にした。