「姫様、私の愛しい姫様……どうか──……私がハイラでなくなっても、私をハイラと呼んで下さい」

 次に私が貴女様の前に立つ時は、きっともう私はハイラではなくなっている。あの名前を名乗らざるを得ない事でしょう。
 だけど。それでも貴女様にだけは……変わらずハイラと呼んでいただきたいのです。私にとってこの名前は、貴女様がくれた、我が生涯の夢そのものですから。

「私は……姫様のお傍でハイラとして過ごせたこの八年を宝のように思います」

 本当に偶然が重なっただけでした。たまたま私が侍女の娘で、たまたま母の葬式の時期に皇宮侍女の募集があって、たまたま街で出会ったご婦人が紹介状を書いて下さり、たまたま人事担当のケイリオル卿が私の事情を汲み取って下さった。そんな、いくつもの偶然が重なり私はこの東宮にやって来ました。

 そこで見た吐き気を催すような侍女達の腐敗。皇帝陛下のお膝元でこんなにも堂々と不正が横行しているのかと……子供でも出来るような礼儀さえも満足に弁えられない者達ばかり。
 姫様の慈悲深く寛大な御心に付け込む外道ばかりで、私はあの手この手を尽くしてそれらを排除しました。カラスをこっそり遣い様々な家門に痛手を追わせました。

 中には社会的に抹殺された者もいた事でしょう。しかし、当然の報いでした。何故ならあれらは姫様に牙を剥いたのですから。
 そんな風に姫様が穏やかに健やかに過ごせる環境を、と懸命に駆け回った結果……東宮に侍女はほとんど残らず、必然的に私が姫様の専属侍女となる事に成功しました。

 姫様の専属侍女となってからは沢山の事がありましたね。姫様が高熱になられた時は私も胸が引き裂かれる思いでした。私が仕事でお傍を離れてしまった間に姫様が記憶喪失に陥られたと聞いて、どれ程私の胸は締め付けられた事か。
 姫様が精霊様と親しくなり、あんなにも御家族を愛していたにも関わらずそれを恨むようになって……密かに喜ばしい事と思ってしまった事を、姫様は知らないでしょう。

 私はとても酷い人間なのです。誰よりも御家族の愛を求める姫様を支え応援すると決めていたのに、いざ姫様が御家族の愛を不要と定めたならば私は手のひら返しでそれに従い応援するなどと吐かしたのです。
 一時的な感情で愚かにも少し浮かれてしまった私は、姫様の御心を、見誤ってしまったのです。