「『僕が何故あいつを愛してやる必要があるのか、と言った。この言葉に何の意味がある』……──だってさ。どういう会話の流れでこうなったかは知らないけど、あの屑兄の口からこんな感じの言葉を聞いて、おねぇちゃんは泣き出したみたい。そして、終いには何かから逃げるように意識を手放したと」

 それを知った面々は、それぞれが強い反応を見せた。
 四匹の兄姉竜より可愛がられていたナトラは、妹をどこまでも蔑ろにするフリードルに呆れ果て言葉を失っていた。
 アミレスの幸せを願うハイラは、その時のアミレスの胸中を察し、口元に手を当て悲痛に瞳を歪ませた。
 この家庭の事情を知るイリオーデは、フリードルの心無い言葉に体側で拳を震わせていた。
 一時期氷結の貴公子に憧れていたマクベスタは、最愛の女《ひと》を泣かせたフリードルに強い憤慨を抱いていた。
 そして。この中で最も多くの事情を知るカイルは、

(ああ、そうだよな…………お前はそういう奴だったな、フリードル。ミシェルと出会って初めて愛情を知ったあまりにも不完全な人間。冷酷無比、悪逆非道の氷の人形──……それが、お前のキャッチコピーだったな)

 実際に聞くと想像以上のフリードルの歪みっぷりに、最早怒りも湧いてこないようなこの状況。
 フリードルを変える事は不可能だと、カイルとて分かっていた筈なのに。
 フリードルがアミレスに向け何の躊躇いも無く『愛する必要があるのか』なんて言葉を吐いたと聞いたカイルは、そんなフリードルを変えられない事……そして、アイツに関してはもう諦めるしかない。と思ってしまいこれに関して怒る事さえ出来なかった自分に対して、やるせなさを覚えていたのだ。

「……アミレスは家族を諦め切れない。だけどフリードルを変えられる人間なんて、今はどこにもいない。やっぱり、アイツが家族に愛される事は不可能だ。残念な事に、俺達の予想通りアイツの本当の望みは絶対に叶わないんだ」

 だからせめて、もう一つの願いぐらいは叶えてやりたいな。とカイルは眠るアミレスに視線を向けた。
 それに彼等彼女等は同意する。アミレスの願い──……生き延びて幸せになりたいという願いを叶えさせたい。
 例え家族に愛されずとも。アミレス・ヘル・フォーロイトという少女が幸せになれるよう、彼女の幸せを望む者達は意志を同じくした。

(こうしてはいられない。早く……姫様が皇太子殿下に真っ向から立ち向かえるよう、爵位を奪わなければ)

 ハイラは胸元で握り拳を作り、決意を帯びた表情となる。
 例え皇位継承権が無くとも、アミレスが皇族であり皇太子たるフリードルの権威を脅かす存在である事には変わりない。以前の侵入者達のように、アミレスを疎ましく思った者が暗躍する可能性も十分に有り得る。

 だからこそ、少しでもアミレスに手を出しにくくなるような、そんな盾が必要であった。それがシャンパージュ家とララルス家とランディングランジュ家なのである。
 これより、帝都に更なる混乱を招く事件が引き起こされる。その名も──……侯爵家爵位簒奪事件。
 十年越しに発生する、二度目の事件である。