「…………とにかく、詳しい話は姫様が目覚めてから聞きましょうか」
「うむ。それもそうじゃな」

 そう、二人が眠るアミレスを見つめていると。ガチャリ、と扉が開かれた。肩で息をするクラリスが、アミレスの寝巻きを手に戻って来たのである。
 クラリスは息を整えながら寝巻きをハイラに渡し、「これで良かった?」と確認した。ハイラはそれに頷き、早速眠るアミレスを着替えさせた。

 以前より、アミレスは特訓の後疲れてそのままの格好で眠る……なんて事もままあった。その為、ハイラは眠るアミレスを起こさないように細心の注意をはらいつつ着替えさせる謎の技術を会得していた。
 その技術がここでも光る。ハイラのまさに神業と言える匠の技に、ナトラとクラリスは息を飲んだ。一切のミスなくハイラはアミレスの着替えを終えた。しかしアミレスは変わらず小さな寝息を立てている。

「「おぉ……」」

 ハイラの匠の技にナトラとクラリスは思わず感嘆の息を漏らした。こんな時ではあるが、ナトラはそれをとても素晴らしいと感じていた。

(これがあのカイルとやらが言うておったパーフェクト・メイドなる存在かえ……! やはり、我は侍女としてはまだまだ未熟じゃの……)

 カイルは純粋なナトラに何を吹き込んでいるのか。侍女業にどっぷりハマっているナトラは、俗な言い方だが確かにパーフェクト・メイドと呼ぶに相応しい完璧侍女、ハイラに少なからず憧憬の念を抱いていた。

 明らかに普通の侍女の域を超えた万能っぷり。何をやらせても大抵涼しい顔で完璧にこなし、一を聞けば十を返せる知識をも持ち合わせる女、それがハイラである。
 帝国が誇る四大侯爵家ララルス家の庶子として産まれた過去を持ち、そも優秀な侍女であった母から多くを学び、ララルス家秘蔵の諜報部隊カラスに当主を差し置いて忠誠を誓われる程の逸材。

 趣味で諜報部隊カラスから多くの武術や技術を教わり会得した彼女は、当然のように常に暗器を侍女服の中に忍ばせ、もしもの時に備える程の用心深い人。
 アミレスの侍女となる為に生まれてきたのだと自負する程、彼女はこの侍女業を全力で楽しんでいる。ちなみに彼女の弱点はアミレスと犬(特に大型犬)である。幼少期に異母兄姉によって野犬をけしかけられた事があり、それがトラウマとなり犬だけは今でも苦手なのだという。

 だが幸いにも東宮……王城敷地内には犬は全くいない。なので現在のハイラの弱点はアミレスだけと言っても過言ではない。
 そんなハイラを、侍女の大先輩としてナトラは尊敬しているのだ。故にハイラのパーフェクト・メイドっぷりにナトラは己の未熟さを痛感した。

(じゃが我、凄く頑張れる子じゃからの! 白の姉上も青の兄上もよく我は努力家ないい子じゃと褒めてくれておったもん、きっと我ならば……ふむ、あと十年あればハイラのようなアミレスとて思わず手放せなくなる程のパーフェクト・メイドとなる事間違いなし! 我頑張るのじゃ。目指せパーフェクト・メイド!!)

 ふんす、と決意新たに鼻息を荒くするナトラ。暇を持て余した竜は一体何を考えているのか。