(……私も女であれば。さすればこういった王女殿下の危機の際にも何か出来たのやもしれない……今の私は、こうしてただ待つ事しか出来ないなんて)

 アミレスの衣装室に向かって走り出したクラリスの背中と、アミレスが眠るこの部屋の扉とを交互に見て、イリオーデは己の無力さを嘆いていた。
 クラリスがアミレスの衣装室に着き、ハイラから聞いた通りの場所より寝巻きを一着取り出して、走ってアミレスの眠る部屋に戻っている間。
 ハイラはナトラより事情を聞く事とした。ハイラに何があったのかと問い詰められたナトラは、僅かに己が知る事情を話した。

「我とシュヴァルツで玄関の掃除をしておったのじゃが、やけにアミレスの戻りが遅かったから二人で迎えに行ったのじゃ。そしたらアミレスがよく似た男と共におって、アミレスがとても辛そうに泣いていたのだ」
(──姫様とよく似た男と言うと、まさか皇太子殿下が姫様を……!!)

 腹の底から沸き上がる怒りを必死に堪えるハイラの横で、翡翠のツインテールをぎゅっと握り、ナトラは悔しそうに俯いた。

「アミレスを泣かせたのはその男じゃと思い、我、その男を殺そうと思ったのじゃが…………アミレスが『兄様を殺しちゃだめ』と叫んだのじゃ。何やら急にアミレスの呼吸も荒くなって……その後アミレス自ら顔の周りに水を出して、溺れて倒れたのじゃ」

 何をどう思ってアミレスがあのような行動に出たか、我には全く分からなかったのじゃ。とナトラはこぼす。
 ハイラもこれには困惑していた。顔や髪が濡れた事も倒れた事も全てアミレス自身の仕業だったのだから。
 ここで浮かび上がるホワイダニット……犯行などではないものの、何故アミレスがそのような一歩間違えたら死ぬような行動に至ったか。
 それをハイラは考え始めた。

(あの姫様がこのような自殺行為を安易に行う訳が無い。死なないと言う確証があったからこれを実行した筈。その理由は一体………)

 顎に手を当てて、彼女は更に深く思考する。

(皇太子殿下を殺すと言うナトラの発言で取り乱した事は、御家族からの愛を諦め切れていない姫様ならば、まだ分からなくもないですが……そもそも何故姫様は泣いていたのですか? 何故、自身を溺れさせてまで意識を手放す必要があったのですか?)

 先日アミレスが実は心の奥底では家族の事を諦め切れていないのだと把握したハイラは、フリードルが死ぬという事にアミレスが強く反応した事には納得出来た。
 しかし、そもナトラがそのような発言をした理由……滅多に泣かないアミレスが涙した原因と、わざわざ意識を手放す必要のあった何かが……ハイラは分からない。