「金輪際アイツと関わるな。絶対にアイツを殺すな。二度とアイツを泣かせるな。オレサマ達はいつでもこの世界の敵になれるって事、努努《ゆめゆめ》忘れるなよ」
「……分かった。あの女は殺さない」
「じゃあとっとと帰れ。ここはお前が来ていい場所じゃねェんだよ」

 言いたい事を言いたいだけ言って、悪魔はシッシッ、と手でフリードルを追い払う。フリードルは悔しげに下唇を噛みながらも黙って東宮を後にした。
 相手が中位以上の悪魔である事を考えると、楯突いたとしていい事など何一つ無いからである。

(アミレス・ヘル・フォーロイト……っ、何処までも忌まわしい……!!)

 氷結の貴公子と呼ばれる男は、とても珍しく怒りを露わにして王城へと戻っていった。東宮の管理者に聞こうと思っていた事は何も聞けず、何の成果も無いまま…………ただアミレスへの嫌悪だけを募らせて。
 そして、アミレスにとって毒にしかならない男を退散出来た悪魔はその場で眠たげに首をポキポキと鳴らし、

「さて。この後オレサマはどうしたものか……幸か不幸か精霊共は昨夜から精霊界。ナトラも今頃アミレスの事でオレサマの魔力や気配にまで気が回らんだろうしなァ。ふむ──……戻るか、人間《シュヴァルツ》に」

 あの男以外には見られてないし、それでいいか。と悪魔は今一度擬人化を始めた。本来の姿に戻った時のように、彼の体を黒い影が包み込む。それはまさに完璧なる擬態。
 彼程の偉大なる悪魔ともなると、精霊さえも欺ける完璧な擬人化が可能なのだ。
 間もなくして、悪魔の体を包み込んでいた黒い影は弾けて霧散する。そこには真っ白でふわふわな頭に所々黒いメッシュの入った、金色の瞳の可愛らしい美少年が侍女服を着て立っていた。

「あ、あー、あー……いよーぅし、今日も張り切って人間演じていこー! おー!」

 声をしっかりとシュヴァルツ時のものに合わせて、その少年はわざとらしい演技と共に緩く拳を天に突き上げた。そしてくるりと踵を返し、シュヴァルツは東宮へと戻ってゆく。
 一方その頃、倒れたアミレスを抱えて東宮に駆け込んだナトラは偶然にもイリオーデとクラリスとカイルのいる部屋に飛び込んだ。
 アミレスを抱え、血相を変えて飛び込んで来たナトラにイリオーデ達は困惑する。

 しかしナトラが「アミレスの体温が下がっておる! 体を温める方法はあるか!?」「我はハイラを探して来る故、アミレスの看病を頼んだ!!」とアミレスを長椅子《ソファ》に寝かせてから捲し立てて部屋を飛び出したものだから、イリオーデ達は訳を聞く間も無く慌てて看病に取り掛かった。

 まずカイルが風の魔力と火の魔力を絶妙なさじ加減で使い、擬似的なドライヤーの役目を担った。クラリスが自分の荷物の中から使っていないタオルを取り出し、濡れたアミレスの顔を慎重に拭いつつ、カイルがドライヤー役として、体を温めがてら濡れた顔や髪を乾かす。
 その間にイリオーデは部屋の温度を上げるべく暖炉に薪をくべていた。

「王女殿下のご容態は……!」
「落ち着けって、とりあえず今は眠ってるだけ……っぽいけど、正直意味わかんねぇよ……何をどうしたら見送りから戻るだけでこんな事になるんだ? もうすぐ十二月だぞ、真冬だぞ?」
「顔と頭だけ濡れてた、ってどういう事なの?」

 三人はこの不可解な状況に疑問符を浮かべていた。アミレスを迎えに行ったシュヴァルツとナトラならまだしも、ずっとこの場にて待機していた三人がこの事情を理解出来る筈もなかった。