内側だけが純白に染まる艶やかな漆黒の長髪に、尊大な物言い。低く蠱惑的な声。人ならざる者と一目で分かるその黒と紫の瞳。身長は百九十はありそうなぐらい高く、体格も細くなくごつ過ぎず、いい塩梅のものである。
 気が狂ってしまいそうな程に整った顔で、高貴な存在が着るような上質な服とマントをなびかせて悪魔はニヤリと笑みを作った。

(───魔族、それも悪魔だと!?)

 フリードルは驚愕する。召喚されなければ人間界に来る事など滅多に無い悪魔という存在が、これ程の存在感を放ち目の前に立つのだから。

「本当はもっと人間生活を楽しみたかったんだが、まァどうせリードとかにはバレてた上にいつかボロも出ただろうし、もう仕方ないか。これもお気に入りの人間の為だ、とオレサマの趣味よりアイツの事を優先してやる優しいオレサマなのであった」

 悪魔は背伸びをしながら独り言を呟く。彼はずっと、最初から人間という役を演じ続けていたのだ。文字通り、人の皮を被った悪魔……それも精霊の目さえも欺ける程の。
 ただ、光の魔力を持つ者達は、何となくではあるが彼の正体を察する事が出来てしまったのだ。その詳細までは分からずとも、大まかな像ぐらいは。
 シュヴァルツの時の名残りか、はたまた本来の姿の影響だったのか……そのつむじでは大きな漆黒の髪がユラユラと揺れており、そこはかとなく可愛らしさを演出しているようであった。効果はかなり薄いが。

「まさか、悪魔召喚をしたのか……あの女……ッ!」
「さァどうだろうな。オレサマ程の悪魔を召喚出来るとなりゃ、アイツはさぞかし優秀な人間だと思うがな」
(こんなにも自我と存在感が強い悪魔が下位悪魔な訳が無い。低くて中位悪魔、最悪の場合上位悪魔だぞ……! そんなものを、あの女が召喚しただと!? そもそも一体どうやって……!?)

 フリードルの頬を冷や汗が伝う。悪魔と呼ばれる存在は意外と精霊と似たり寄ったりな所があるのだ。数いる魔族の中でもトップクラスの強さを誇る悪魔族。その内訳はこうだ。
 上位悪魔、中位悪魔、下位悪魔──悪魔召喚などで召喚されるものは大体下位悪魔であり、自我も希薄で強さも悪魔の中では底辺の部類だ。
 中位悪魔も悪魔召喚に応じるが、自我がそれなりに強くその強さ自体も人間をゆうに越える為、召喚したが最後……召喚主が殺されてかなり強い悪魔がそのまま世界に解き放たれる、なんてケースもある。だがそれでも中位悪魔だ。
 上位悪魔はまず召喚する術が無い。既存の悪魔召喚の術式で上位悪魔を召喚出来た者は未だかつていない。上位悪魔ともなるとその自我も強さも人間とは比較にならない程の真性の化け物。そんなものを人間の召喚術で呼び出せる訳が無いのだ。
 そんな上位悪魔達が人間界に来るとすれば、それは魔界から人間界への侵攻の際、ないし魔物の行進(イースター)の指揮の際。
 かなり限られた状況でのみ人間界に現れる上位悪魔という存在は、正直な所……眉唾物な扱いを受けていた。我々人間が悪魔を恐れ過ぎるがあまり作り上げた偽りの存在、誰も召喚出来ていない諸説の中だけの存在、だとか言って。
 だがまぁ……残念な事に魔界には全四十四体の上位悪魔がいるし、この場にはその四十四体の悪魔よりももっと恐ろしく凶悪な悪魔がいた。