「お前か、おねぇちゃんを泣かせたのは」
「こやつがアミレスを苦しめる毒か」

 私とフリードルの間に割って入るように、シュヴァルツとナトラが立っている。
 どこからともなく現れて、「おねぇちゃんの戻りが遅いからって来てみれば…………!」「何故アミレスが泣かねばならないような事が起きておるのじゃ」と口々に怒りをこぼしている。
 二人共、初めて見るような怖い顔をしていて……何だか様子がおかしい。

「彼女はお前如きが泣かせていい人間じゃねぇんだよ、さっさと失せろ。屑野郎」
「暴れるなと言われておったが、アミレスが虐められておるのをこの目で見た以上我も黙ってはおれん。こやつを殺す」

 シュヴァルツとナトラが凄まじい威圧感を放つ。珍しくもフリードルはギョッとした顔で二人の事を見下ろしていた。
 殺す……? フリードルを、殺す…………。

「だめ、兄様を殺しちゃだめ……っ! 兄様が死ぬなんて、そんなの──っ!」
「っ?! おねぇちゃん、どうしたの!?」
「アミレス!?」

 足に力が入らなくなり、私は膝から崩れ落ちた。まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。私の心が、『私』がアミレスに侵されている!
 さっきのショックを切っ掛けに、アミレスの残滓がどんどん肥大化して『私』を飲み込もうとしている。自我が、『私』が消えて行く。そんなの駄目だ、絶対に駄目なのに、どうしてか全く抵抗出来ない。

「っ、はぁ、ぁッ……!」

 うまく、呼吸が出来ない。苦しい、くるしい、いたい、つらい。心臓が……胸が締め付けられるように痛む。

「お──ゃん!」
「アミ──ス!!」

 シュヴァルツとナトラが私を呼んでいる。大丈夫だって言わなきゃ、フリードルを殺しちゃ駄目だって止めなきゃ。ああ……それなのに……声が出ない。悪い魔女に声を奪われてしまったお姫様のように言葉を紡げない。
 私はフリードルが嫌い。フリードルが憎い。フリードルが好き。兄様が大好き──……んな訳あるかッ!! 私はフリードルの事なんか大っ嫌いなんだ!!

「…………っ」

 その時たまたま、フリードルと目が合ってしまった。兄様は混乱した表情で私の方を見ていた。
 こんな時でもフリードルは心配すらしてくれないのよ。兄様はただずっと、唖然と私の事を見ていた。
 フリードルの前でこれ以上醜態を晒したくない。とにかく兄様から離れないと。
 何とかすんでのところでアミレスの残滓による侵食を耐える。だがこのままフリードルの近くにい続けてはこれもどれだけもつか分からない。だから早く離れないと。
 何かいい方法はないだろうか、と考えた時。私の頭の中には自然とその手段しか思い浮かばなかった。

「お前、何を考えて……っ」
「おねぇちゃん?!」
「何をしておるのじゃアミレス!!」

 この呼吸困難の状態で顔の周りに水を発生させ、自ら溺れた。こうしてしまえば意識を失える……筈、なんだ──。