『例えどんな結末を迎えてもいいと……お前にその覚悟があるのなら、私にその命を預けなさい。お前の事は死なせない。生きて、必ず弟と会わせてみせる』

 今まで誰も信じてくれなかった。誰も真摯に向き合ってはくれなかった。そんな俺の言葉に、彼女だけは真正面から向き合ってくれた。信じてくれた。
 この国で最も尊くて絶対なる口約束を、彼女は俺なんか相手にしてくれた。
 噂に聞いていた野蛮王女なんて言葉が似合わない、とても強く聡明な可愛らしい王女殿下。俺のような殺人鬼相手でも決して臆せず剣を構え、無辜の民を守ろうとしたかっこいい人。俺の言葉に初めて真正面から向き合ってくれた、心優しき人。

『……っ、お願い、します……! 一目だけでも……っ、無事で、元気なエルに…………弟に会わせて……っ、ください!』

 目尻が熱くなる。深く深く、この感謝と僅かな希望を示す為に俺は頭を下げた。エルに会わせてくれると言って貰えた事ではなく、彼女が俺の言葉を信じてくれたというその事実が俺に涙させたのだ。

『お前の命も罪も、私が全部預かるわ。だからもう泣かないで』

 こんな風に心が救われる日が来るなんて思いもしなかった。沢山の人に不気味だと言われたこの眼を真っ直ぐ見つめられる日が来るなんて思いもしなかった。俺みたいなどうしようも無い人間が、彼女のような人から微笑まれる日が来るなんて思いもしなかった。

『……大丈夫よ、お前は一人じゃない。私がいるから。本当は優しいお前と違う、悪逆非道な私が一緒にいるから。人を殺めた事でもう苦しまないで……その苦しみも、痛みも、辛さも、全部全部私が背負ってあげるから』

 彼女の微笑みが俺の壊れかけの心を癒すようであった。彼女の言葉が俺の全てを救うようであった。ずっと一人で苦しんでいた俺に、一緒にいるからと……この重荷を背負ってくれると言ってくれた。実際にやるやらないはこの際どうでもよかった。ただ、そう言って貰えた事が本当に嬉しかったのだ。

 その後、九年前にエルと会った事があったという男から話を聞いた。エルは怪我もなく元気だったと。ただ……記憶喪失に陥っていて帝都に来るまでの記憶が無かったと。
 勿論ショックだった。もしエルに会えても、エルは俺の事を覚えていないと言われて悲しまない訳が無い。だがそれでも構わなかった。エルが元気で、怪我も病気も無く無事に生きているのなら、それ以上は望まない。

 九年前、エルが無事だった。その事実が知れたからか、体から力が抜けてベンチに倒れ込んでしまった。
 俺の所為で大怪我をしてしまったエルが怪我もなく無事だったなんて。本当に、本当に良かった…………今までずっと諦めて来なくて良かった。心を殺してでも生き続けていてよかった。
 そして……彼女のお陰か、俺の事を何とかしようと色んな人が話し合いを始めた。そこにいた人達は 何故か殺人鬼の俺より俺を捕縛した赤毛の少年を警戒しているようで、俺の事は彼女が信じたから自分達も信じる、みたいな感じなのだと思った。

 彼女に求められたので俺は知っている事全てをそこで話した。そう言えば、口外禁止と命令されていたのに何で話せたんだろうか。
 その最中、赤毛の少年と彼女の手によって隷従の首輪はあっさりと解錠されてしまった。この一年俺を苦しめていた忌まわしき首輪。それが外れ、男爵から解放されたのだと思った時。俺はまた泣いていた。その日だけで一体どれだけ泣けば気が済むのか…………なんて言われてしまいそうなぐらい、俺は泣いていた。

 しかし首輪をつけていないと男爵に怪しまれると聞き、俺はもう一度首輪をつけた。ただ、首輪の効果は赤毛の少年の力で無効化されていて、男爵の命令に絶対服従という訳ではなくなっていた。
 恐らくは先程の捕縛魔法にその無効化の効果があって、それで俺は彼女達に事情を話す事が出来たのだろう。