「……だから、アミィを守る為に彼を教える事も承諾したんだろう? マクベスタも剣と魔法の才能がありそうだったしね」

 シルフさんの言葉に俺は静かに頷いた。見抜かれていた……俺が、いざという時に姫さんを守る存在としてマクベスタを鍛えようとしていた事が。
 マクベスタは姫さんが連れて来た隣国の王子だとかで、剣においては天賦の才と言っても過言ではない潜在能力《ポテンシャル》を秘めた男だった。
 それに加えて魔力量もそれなりにあり、数ある魔力の中でもどちらかと言えば危険な部類に入る雷属性の魔力を持っている。姫さんと似た系統の人間だったから、お互いに良い刺激にもなるだろうとも思い、マクベスタも弟子にした。
 そして予想通り姫さんとマクベスタは互いに刺激し合い、目まぐるしい成長を遂げている。……特にマクベスタ、アイツはたった一年で以前とは比較にならない程成長したようだった。

「……やっぱバレてたんすね。姫さんが英雄になるんだとすりゃ、アイツは傑物になりますよ。今はまだシルフさんの魔法特訓を受けてないんであの通りっすけど、あれに魔法が加われば……」

 一つの時代に化け物が二人も現れてしまう事となる。……いや、三人か? あともう一人、神々の悪ふざけで馬鹿みてぇな事になってた野郎がいたな。
 姫さんの強さはきっと波乱や戦いを呼ぶ事になるだろう。姫さんが望まずとも、姫さんは否応なしに戦う必要が出てくる。

「そうだね、お前の心配や不安も分かるよ。ボクだってそう思う……でもどうせボク達には見守る事しか出来ない。昔からずっとそうだったように」
「そう……っすね……いつも通り、信じる事しか……」

 人間界と精霊界との制約……あれがある限り、俺達は基本的に何も出来ない。
 俺達に出来る事は信じる事だけ。だけど……あぁ、何回裏切られた事か。今まで俺達精霊は何度も何度も人間を信じてその度に裏切られてきた。
 相手が人間である以上仕方のない事だ。気に入った人間がいたから加護をあげ、新たな魔力をあげ、いつまでも一緒にと願っても……絶対に人間は先に逝く。
 俺達を置いて、俺達を忘れて死んじまう。
 それでも俺達は信じる。人間が好きだから、信じたいから信じるんだ。

「アミィはボク達を裏切らない。そりゃあ、いつかは死んじゃうのかもしれないけれど……ボクは、可能な限りその結末すらも覆してやるつもりだ」

 シルフさんの発言に俺は息を呑んだ。
 だって、それはつまり……姫さんを死なせないって事じゃ……!?

「アミィが望むなら、だけどね。だからそれまでにボクは絶対に制約を破棄する。もう一万年も経ったんだ、いい加減皆も制約には辟易しているだろう?」

 脳裏をシルフさんの悪どい笑みがよぎる。その声音はあの顔で発される事が多いからか。
 俺はシルフさんの方を見て口角を少しだけ上げる。

「…………はァ、そーゆー事なら俺も協力しますよ。つぅか、多分俺以外にも制約を破棄したい奴はいると思うんで、一回精霊界で呼びかけてみたらどうっすか?」
「そうするか。今晩にでも上座会議を行うからお前も一旦帰って来いよ、エンヴィー」
「了解です」

 シルフさんにそう言われ、俺は恭しく頭を垂れた。
 上座会議は、精霊王と各属性の最上位に座する精霊達だけを集めた精霊界における最も重要な会議。参加しない訳にはいかない……つぅか、俺ァそもそも参加する気満々だけどな。
 たった一人の人間の女の子の為に一万年続いた制約を破棄する──最高に面白い。やってやろうじゃねぇか!