「アミィには多分その自覚が無いだろうけど……アミィの才能はあまりにもあの血筋に則している。まるで才能の代償に氷の魔力を得られなかったみたいだ」

 シルフさんが尻尾をゆらゆらと揺らしながら吐き捨てるように呟く。
 姫さんはこの世界で唯一氷の魔力を持つ一族に生まれながら、氷の魔力ではなく水の魔力を持って生まれたらしい。
 まぁ、正直な話、氷よりも水の方が汎用性も高けりゃ強い魔力だから個人的にはそっちで正解って感じなんだが……人間ってのは血筋だの伝統だのを重視するモンだから、姫さんはそれで冷遇されてるんだとか。
 理解し難いなァ……別にいいだろ、強いんだから。やっぱり俺には人間を理解するのは無理だな。

「……剣に魔法に弓に体術……こんだけの才能に恵まれた上にシルフさんの加護の所為で五感まで優れてると来た。姫さんの性格上、このままだと英雄街道まっしぐらっすよ」
「所為でとは失礼だな……そこはおかげで、だろう」
「アッ……すんません」

 目の前にいるのは猫なのに、本来のシルフさんのあの鋭い目がこちらを睨んできた気がした。俺は思わず頭を下げて謝罪する。

「本当にお前って変な所で気が抜けてるな……それはともかくアミィが持つ何よりの才能は確実に努力する才能だと思うんだけど、お前はどう思う」
「そっすね、姫さんが何を目指してんのかは知らねぇけど、普通あんな小せぇ女の子が傷だらけになってまで剣を振ったりはしないっすよ。王女なんて身分なら尚更……」

 二つ歳上の男相手に魔法無しで善戦する姫さんを眺めながら、俺は答えた。
 どこにでもいそうな普通の女の子が剣を手に汗水垂らして必死に強くなろうとする様は、はっきり言って異様だった。……だからこそ俺みたいなのが本気になっちまうんだ。
 最初はあの方に……シルフさんに、『ボクが加護をあげた人間の女の子が剣を習いたいって言ってるから教えてあげて』なんて脅迫紛いに頼まれたから渋々こっちに来たのに……いつの間にか本気で教えていた。俺が教えてやれる限りの事を教えようとしていた。

 姫さんが何を思い何を目指し何を成す為にあそこまで努力を積み重ねるのか俺には分からねぇけど、それでも何となく分かるんだ──きっと姫さんは、近い将来とんでもない事を成し遂げると。
 そこに剣やら魔法やらが関係してくるかは分からない。でも、きっと姫さんは持ち前の馬鹿みたいなお人好しで何かやべぇ事を成し遂げる。
 でもきっとそこまでの道には多くの障害が立ちはだかる……だから俺は姫さんに様々な戦い方を教えてきた。
 まともな戦い方は後でいい。今はとりあえず、もしもの時に姫さんが少しでも無事にその場を切り抜けられるよう……その為に必要な技術を叩き込んだ。
 フォーロイトとかいう戦闘狂みてぇな血筋なだけあって、姫さんはこと戦闘において本当に技術の吸収が早い。覚えたものをすぐに実践し我がものとする。
 かなり人間観察を行っているのか、たまにこちらの攻撃を先読みしたかのような行動に出る事もある。
 天才に努力する才能を与えたら駄目だろと何度思った事か。

「…………俺、心配なんすよ。姫さんの性格だと強くなればなるほど多くを守ろうとしそうじゃないすか。それだと姫さんが危険な目に遭う確率が高くなるし、姫さんでもどうしようもない事態に直面するかもしれない。それが、心配なんすよ」

 姫さんが多くを守るんだとして、じゃあ誰が姫さんを守るんだ? 
 俺達精霊は制約で直接的にこの世界に干渉し過ぎてはならない事になっている。こうして人間界に訪れて剣や魔法を教えるぐらいは問題ないだろうが、人類の歴史に大きく干渉してしまえば……きっと、制約に抵触するだろう。
 つまり、俺達はいざという時何も出来ない。そのいざという時に備えて色々教えてはいるのだが、それでも漠然とした不安が行先を暗く覆うのだ。