「私《わたくし》は思うのです。これまでの七度の殺人及び様々な犯行を一度たりとも捉えられず、その正体さえも明かされる事のなかった殺人鬼……その隠密技術は騎士や兵士には不向きな才能と言えましょう」
「だからこそ諜報部に?」
「そうです。とは言えども、私《わたくし》は諜報部の実態など存じ上げませんし、その諜報と言う単語からある程度の仕事内容を予測し、そのような仕事であればアルベルトも何の問題も無く従事出来るだろうと判断しただけに過ぎません。何か……諜報部にまつわる勘違い等あればこの場でお教えいただけると幸いですわ」

 布によって隠されたケイリオルさんの顔を真っ直ぐ見据えて言い放つ。私は確かに諜報部の細かい実態は知らない。私が知っているのはサラが明かしたほんの少しの情報のみ。
 だが少なくとも、諜報部が世界各地で諜報活動をしているのは確か。何せサラも潜入任務中のスパイとして毎度出てきていたもの。
 サラも若いのにかなり優秀な諜報員と言われていたんだし、その兄で戦闘能力が高く闇の魔力の扱いにも長けたアルベルトなら、きっとそれが天職かのように才覚を発揮出来る事だろう。

「…………間違っておりませんよ。諜報部は概ね、王女殿下の推測通りの組織かと。彼を諜報部にですか……ふむ、確かにそれも有りですね。罪人でありながら、彼は確かに投獄して檻の中で燻らせるには少々惜しい力を持つ。それを有効的に活用しつつ、終身奉仕として死ぬまで帝国に身命を捧げさせるとは。中々に考えましたね」

 お、これは中々の好感触では? と思ったのも束の間。

「しかし、それでも我々が動くに足る理由にはなり得ない。ただ罰をそう下せばいい、と言われてしまえばそれで終わりではありますが……その前に改めてお伺いしたいのです。貴女はこの件に、何故そこまで深入りするのですか? どうしてそう頑なに彼を死なせまいとするのか、我々が納得出来るだけの理由をお教え下さいませ」

 ケイリオルさんから放たれる冷たい威圧感が私を飲み込もうと大きく口を開けた。心の奥底が怯えている。何故かこの身に覚えがあるプレッシャーに、私の意思とは関係無く体が震える。
 だがそれでも──本物の竜を前にしたあの時に比べれば、人間の放つ威圧感など余裕で耐えられよう。私は一度ゆっくりと深呼吸をして、

「彼を信じたからですわ。彼の言葉と、涙と、心からの叫びを信じたから……私《わたくし》は彼を死なせないと決めたのです。この帝国の王女たるこの私《わたくし》がそうと決めたから──……これだけで、私《わたくし》がこの件に首を突っ込む理由足り得るかと思いますが、いかがですか?」

 ニコリ、と今の私が出来る最も上品な笑顔を作った。