「おい、アルベルト」

 夜中。猫が一匹、静かな地下監獄に紛れ込んでいた。その猫は暫く様々な檻を見て周り、目的の男を探し出した。
 男は壁にもたれ掛かり膝を立てて座っていた。しかし名を呼ばれ、立ち上がって鉄格子の側まで行く。そして薄らと真っ白な猫を視認すると、

「はい」

 と短く小さな声で返事した。そして屈み、猫にできる限り顔を近づけた。

(周りの人に、シルフ様の声が聞かれたら、不味いよな)

 それはアルベルトなりの気遣いだった。しかし、そもそも猫シルフの言葉はシルフが許可した相手にしか認識出来ぬようになっている。他の者達からは、このシルフの言葉も全て猫のにゃあにゃあと言う鳴き声に聞こえている事だろう。

「アミィからの伝言だ。『筋書きはもう出来てるから、全て私達に任せて。お前は安心して大船に乗ったつもりでいなさい』だってさ」
「……本当に、あの御方は……凄い人ですね」
「まぁね、ボクの愛し子なのだから当然だけど」

 ふふん、とどこか誇らしげにその猫は前足を上げて腕を組んだ。ほとんど組めていないが。
 勿論精霊界にいるシルフの本体も腕を組みしたり顔を作っていた……がしかし、その顔は思い出したかのように不機嫌に染まった。

「──あ。ねぇ、お前、何なの?」
「…………何とは?」
「何でアミィにあそこまで肩入れされてるんだ? お前に同情の余地があったからとか……そういう理由だけじゃあ無いだろ?」

 シルフはご立腹であった。アミレスが出会ったばかりの相手の為に何かをする事は今までにも何度かあったが、今回は少し毛色が違う。
 何せ相手は殺人鬼だ。確かに同情の余地がある半生を送って来たアルベルトであったが、アミレスとて分別のある人間……そう易々と、殺人鬼にその罪や苦しみを背負ってやるなんて言う筈が無い。とシルフは考える。

(何でアミィがあそこまで必死にアルベルトに救いの手を差し伸べるのか……それが分からない。アルベルトには何がある? アミィにそうさせるだけの何かが、この男にあると言う事なのか?)

 アルベルトの返答を待つ間、シルフもまた思考を続けていた。

(確かにアミィはすっごい優しくて誰にでも救いを与えようとする子だけど、それでも悪人に対してはちゃんと冷酷に剣を振るう事が出来る子だ。そんなアミィが、殺人鬼の半生を聞いたぐらいで救おうとするか……?)

 シルフが疑念に眉を顰めていると、アルベルトがようやく口を開いた。

「……俺が、聞きたいぐらいです。あの御方が俺の言葉を信じて、真っ直ぐ向き合ってくれて……その上であんな風に寄る辺になってくれた理由なんて……俺も、知りません。答えられなくて、ごめんなさい」

 アルベルトはポツリポツリと心境を語った。
 それもその筈。何せアミレスはアルベルトを救いたいと思った理由を誰にも話していないのだから。そしてその理由に辿り着く事が出来る人がいるとするならば、それはきっとカイルのみだから。故にアルベルトもシルフもそれには気づけない。
 攻略対象の一人、サラの抱える喪失感の理由であり……本来ならばアミレスと似た結末を辿る事になる憐れな青年。そんな存在を、アミレスが放っておける筈がなかった。
 ただ、それだけの理由だとしても……彼等にはそれを知る術が無いのだ。