「──それでは。愛し子に関する議会を再開しようじゃないか。アウグスト、先程報告があると言っていたね」
「は、愛し子による被害報告の方がかなり溜まっております」

 くしゃみ事件の前にアウグストから報告があると言う旨だけは聞いていたので、彼に話を振る。するとアウグストはスっと立ち上がり、手元にある資料を読み上げ始めた。

「まず、神殿都市に来た当初より絶え間なく報告され続けている暴言、妄言、厚顔無恥な振る舞い、尊き神々の加護(セフィロス)の名を軽んじる姿勢、主を崇めるどころかどこか下に見るような発言、司祭達への暴力行為、天の加護属性《ギフト》を用いた威嚇行為に加え……聖人様が慈悲の御心で一度はお許しになられたものの、度重なる大聖堂への侵入、聖人様の御名前を口にする等……反省が見られませんね」

 ペラリ、と頁を捲ってアウグストはまだ報告を続けた。

「料理人により完璧な栄養バランスで作られた料理に『不味い』『あたしの舌に合わないから作り直してよ』と文句をつけ、祭服を着るようにと何度伝えても『地味だから嫌! 大司教とかが着るやつならちょっとお洒落だから着てもいいけどね』などと宣っており、我々が通常任務の傍らで魔法や体術や勉学の師事を行っているのですが……どれも『何であたしがここに来てもそんな勉強しなきゃいけないのよ!』『あたしは最初から最強だから、特訓とかそんなの必要ないの』と全て投げ出している始末です」

 アウグスト、演技が凄く上手だな。愛し子の物真似の完成度が高い。無表情で声もアウグストのままなのに、抑揚の付け方や息継ぎのタイミングが完璧に愛し子と同じだ。何という演技力。
 多分、他の大司教達も同じように彼の演技力の高さに脱帽しているよ。皆鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているし。
 それはともかく。まるで葬式のような空気だった。愛し子による様々な被害の報告……それを聞いた僕達は、最早苦笑いすらも出来ずに顔を顰めていた。
 特に大司教達のそれは凄い。焦点の合わない目をしている者、顔から生気の抜けている者、明後日の方を見て何もかもを諦めた目をしている者、露骨に怒りを露わにしている者、非常に深い皺を眉間に作る者、思わず真顔になる者……とにかく彼等の苦労が窺える表情であった。

「少し補足してもよろしいでしょうか、アウグスト卿」
「どうした、オクテリバー卿」

 挙手をして、オクテリバーがのそりと立ち上がる。そして彼は宣言通り補足に入った。

「愛し子には勉学、体術、魔法だけでなく礼儀作法や一般常識の授業も行っているのですが……その、妙なのです。稀ではありますが、局所的に礼儀作法に詳しかったり高水準の知識を披露する事もあります。それと、愛し子が以前、一つ気になる事を仰ってまして」
「……気になる事とは?」
「これより数年後に、ハミルディーヒ王国とフォーロイト帝国の戦争が起きるとか……にわかには信じ難い事であり、これもまたいつも通りの彼女の妄言であると思っていたのですが……」

 オクテリバーからの報告を受け、僕達は胸騒ぎを覚えた。それは確かに妄言として片付けるにはあまりにも穏やかではない内容。
 オクテリバーの言いたい事は分かる。ただでさえ、決してお世辞にも賢いとは言えない頭で世間知らずなあの愛し子が、十数年前に休戦して以降表向きには友好関係にある両国の戦争の再開を悟れる筈もない。
 そもそも僕達だっていつ両国の戦争が再開するのかとそちらに気を向ける事にもなり、気が散る原因の一つとなっているのに…………よりにもよってあの少女が、それを数年後に予見する事などあっていいのだろうか。