「はい。いち早い事件解決の為、昨晩姫様が張り込み捜査をした所──」
(自ら張り込み捜査をしたんですか、王女殿下……?!)
「──犯人の捕縛に成功しました」
「成功したんですか」
「成功しました」

 ケイリオルが驚いたように呟くと、ハイラは小さく頷いてもう一度言葉を繰り返した。
 これには流石のケイリオルも驚愕を禁じえなかった。此度の連続殺人事件の犯人は警備隊や騎士団だけでなく諜報部の力をもってしても、捕縛する事はおろか正体を突き止める事も出来なかった厄介な存在。
 それをたった一度の張り込みで捕縛する事まで成功するなんて、と彼も目を丸くしていた。

「しかしその犯人に重大な問題がありまして」
「重大な問題……ですか」

 ゴクリ、とケイリオルが固唾を飲むと、ハイラは神妙な面持ちを作り、

「犯人が隷従の首輪を嵌められていたのです」

 ケイリオルにそれを告げた。

「──隷従の首輪が、まだ現存していたと?」
(っ、何ですかこの殺気は……! 全身の毛が逆立つような、強い怒り……まるで、皇帝陛下のような……!!)

 部屋の空気が変わる。ケイリオルの唸るような低い声に、ハイラは何処か覚えのある恐怖を肌で感じた。
 いつでもどこでもヘラヘラとしている掴み所の無い男、それがケイリオルだ。そんな彼がここまで明確に怒りを露わにするのはかなり珍しい事。

(あの負の遺産が、まだ現存していたなど…………あの時確かに全て廃棄したと思ったんだが……忌々しい犯罪者共め、いくつ隠し持っていたんだ……!)

 怒り心頭に達したケイリオルは奥歯を噛み締めた。
 ケイリオルは奴隷制度とそれに関する魔導具や人身売買を酷く嫌っていた。いや、正確には──エリドル・ヘル・フォーロイトがそれを嫌っていた。
 故に、ケイリオルもそれを嫌い完全に廃絶しようと数十年前に動いたのだが……少し前に、数十年前に皇帝主導の一斉断罪から奇跡的に逃れ、これまでコソコソ隠れて人身売買を行っていた犯罪者達を捕え、今度こそ廃絶が叶ったかと思えた。
 主犯たるケビソン子爵の屋敷から忌まわしき魔導具が幾つか押収された日には、ケイリオルが怒りのあまり、その場でケビソン子爵の四肢をもいでしまった程。
 今度こそ、とケイリオルが責任を持ってケビソン子爵の屋敷にあった全ての魔導具を廃棄したのだが……何と、まだ残っていたのだと言う。

(あの時、子爵は確かに誰にも横流しはしていないと言っていた。それは嘘では無かった……と言う事は、何らかの方法で記憶を消したか! 万が一の場合に備えて……っ、本当に悪知恵だけは働くなあの屑共は)

 この国に──この街に、まだあの負の遺産が残っている。
 その事実とあの時それを見抜けなかった自身に、ケイリオルは憤慨していた。報告書の端をぐしゃりと握り潰し、拳を震わせる。

「……報告の続きなのですが」
「あぁ、どうぞ」

 ハイラが報告を再開しようと口を切ると、ケイリオルはパッと顔を上げ、取ってつけたような声音でそれを促した。

「……犯人の名はアルベルト。歳は現在二十一、性別は男で特定の職には就いていない模様。一年前に地方から帝都に生き別れの弟を捜しにやって来たようです。その際、黒幕に騙され隷従の首輪を嵌められ、一年に及び様々な悪事を強要されていたとの事。闇の魔力を所持しており、どうやら視覚に問題があるようです」
「闇の魔力ですか、成程。それで諜報部でも追跡が叶わなかったのですね」
「それに加え、犯人は身寄りが無かったようで……これまで八年程地方の砦で騎士達と共に暮らしていたらしく、剣術にもかなり秀でていたようです。姫様が仰っていたので間違い無いかと」
「剣術に秀でた闇の魔力所持者……それは確かに厄介ですね。よく、王女殿下も捕縛出来ましたね……そのような存在を」
「姫様は、とても、優秀ですので」

 ハイラがあからさまに強調して喋ると、ケイリオルは小さく笑いをこぼした。