(……三十八と言うと、皇帝陛下と同じ年齢……皇帝陛下とケイリオル卿が昔馴染みと言う噂は信憑性が高いですね)

 ここでハイラは、憎きエリドル・ヘル・フォーロイト皇帝と目前の男が気の置けない昔馴染みである、と言う噂を思い出し逡巡する。

(本当に、このまま彼を頼り続けても良いのでしょうか。事ある毎にケイリオル卿を頼って来ましたが、彼は紛うことなき皇帝陛下側の人間……いつか、我々──姫様にとっての障害になる事は確実でしょう)

 しかし、とハイラは思い悩む。

(これまでケイリオル卿が姫様に良くして下さった事も事実です。このまま、私の主観で敵と判断してもいいものなのでしょうか……)

 視線を報告書へと落とすハイラを、ケイリオルは静かに見つめていた。

(──どうかそのまま、私を疑い続けて下さい。私は王女殿下の味方になる事は出来ませんので……私を信じないで下さい、ハイラ。私は、どうしても陛下を裏切る事は出来ませんから)

 その胸中には、まるでハイラの心を見透かしたかのような彼なりの葛藤があった。
 そうして、静かなまま二人は歩いていた。やがてケイリオルの執務室に辿り着くと、流れるような彼のエスコートでハイラは入室した。

「では、報告の方をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「報告ですね、分かりました。失礼かとは思いますが、朝食を食べながら聞いても?」

 時間があまり無くて、とケイリオルが申し訳なさそうに言うと、ハイラは「お忙しいご身分ですもの、勿論それで構いません」とこくりと頷いて話し始めた。

「こちらには後で目を通していただけたら。ある程度は口頭で説明しますので…………」
「ふむ、連続殺人事件の報告書ですか」
(サンドを片手で食べながら報告書を見ている。意外とお行儀が悪い……)

 朝食を食べているのだから報告書は後で見てくれとハイラが言った傍から、ケイリオルはサンドを頬張りつつペラペラと報告書を捲っていた。

「では改めて説明します。先日の申請にあった通り、今回の殺人事件では赤髪の人が狙われる傾向にありました」
「シャンパージュ伯爵夫人や王女殿下の私兵のうちの一人も狙われる可能性があると、皇宮で匿う事になった件ですね」

 ハイラの話にケイリオルはうんうんと相槌を打つ。その口ではもぐもぐと咀嚼をしているにも関わらず、何故か咀嚼音は全くしない。一体どういう事だ。