「殺さないんじゃなくて、殺せない……どれだけ無駄と分かってても愛を求める事だけは止められないとか……最悪じゃねぇか…………」

 エンヴィーが前髪をくしゃりと握りやるせなさを口にする。

(困ったなぁ、いざとなったらおねぇちゃんを苦しめる原因を全部壊そうと思ってたのに。そんな事をした日にはおねぇちゃんまで壊れるじゃんか……それじゃあ面白くないし困ったなァ)

 シュヴァルツは据わりきった目で頬杖をつき思案した。

(……どうして彼女は報われないんだ。どうして、彼女だけがそんなにも憂き目に遭わなければならないんだ……っ)
(王女殿下の望みは生きて幸せになる事。その最大の障害が皇帝陛下と皇太子殿下で……でも王女殿下は御二方に変わらず愛を求めている。だから殺せない……どう、すればいいんだ。どうすれば、私は王女殿下の望みを叶えられるんだ……?!)

 マクベスタが理不尽な事への怒りから拳を体側で震わせ、イリオーデはアミレスの望みを叶える方法はどこにも無いのかと当惑した。

(……アミレスは、本当に欲の無い人間じゃと思うておったが……人間ならあって当然の欲を抱く事を諦めていただけなのか。我を前にしても醜い欲を抱かず、ただ笑って一緒に来るかと手を差し伸べて来たあの人間が……自己を守る為に無欲であろうとしたなど)

 ナトラはその尖った牙でギリ、と歯ぎしりして、

(ああなんと腹立たしい事か。我を──他ならぬこの緑の竜を救った人間が無欲である事を強いられるなど! 竜と対峙する者はこの世で最も強欲で貪欲な者でなければならぬ。我を救ったのじゃから、アミレスはこの世で最も貪欲になってもらわねば困る!!)

 黄金の瞳に新たな決意を宿す。竜と対峙する者は決まって大義や大願の為に己を奮起させる者であった。
 だが、アミレスは。ただ友との約束の為に……いつかの未来で友が悲しむ姿を見たくないと言う独善的な理由だけで竜に立ち向かった。
 緑の竜(ナトラ)からすれば、それはこれまで己が目で見て来た人間達と大いに違う姿だったのだ。
 アミレスには大義も大願も無かった。ただ知っていたから、友の為にと動いた。ナトラが見て来た中で最も無欲で愚かな人間……それがアミレスだった。
 結果的にこうして飼い慣らされている緑の竜であるが、一応竜種としてのプライドがまだあるようで。やはり己を打ち倒す者は最も貪欲な者でなければならない! と兄や姉からの教えを忠実に守ろうとしている。
 故に、ナトラは決めたのだ。アミレスを世界で一番貪欲な人間にしてやるのじゃ! と…………。