「シルフって本当にあの人の事が嫌いだよね」

 ハァッ、と息を呑んだ頃にはもうとっくにその言葉は外に出てしまっている。不幸中の幸いは、皇帝と言わずにあの人と言った事だ。
 この国で唯一にして絶対なる皇帝を侮辱するような事をこんな場で言ってみなさいよ、処刑タイムアタック余裕で優勝できるわよ。
 落ち着く為に深呼吸をしていると、シルフがこれまた爽やかな声で答えた。

「そりゃあ勿論大嫌いだとも! アミィの実の父でも無ければもうとっくに何かと理由をつけて殺…………不幸にしていたよ」
「え、殺……?」
「いやぁ、本当に嫌いなんだよあの男〜」

 今一瞬物騒な言葉が聞こえた気がするのだが、シルフが強引に誤魔化すから追及出来なかった。
 その後、気を取り直して意気揚々と果実水の露店に向かう。店の前には若い女性の列が出来ていて、列の最後尾に並び待つ事五分……私は、笑顔が明るい店員のお兄さんが顔を赤くしてまで自信満々にオススメする柑橘系のものを購入した。
 近くの木陰でのんびり果実水を味わう。ずっとほんのりと柑橘系の香りが漂っていたのだが、いざ飲んでみると口の中いっぱいにその香りが広がる。
 鼻を突き抜けるような柑橘系の香りと、喉に染みる爽快な水……。あの店員さん、中々のセンスだわ、これ凄く美味しい。

「ん〜美味しい……あ、シルフも飲んでみる? 美味しいよ」

 猫シルフの口元に果実水の入ったカップを近づける。
 ……猫に飲ませても大丈夫なのかしら、これ。病気になったりしない?

「いいの? じゃあ貰──っ!? おまっ、ちょっと何勝手にッ」

 果実水に向けて舌を伸ばした猫シルフだったが、途中で謎の怒号を上げてその動きがぴたりと静止する。それと同時に、どこからともなくガタガタッと大きな物音も聞こえてきた。

「シルフ……? おーい、シルフー?」

 突然の事に理解が追いつかず、唖然としながら何度も呼びかけるが返事は無い。……六年経ってもシルフの事はよく分からないのよね……不自然な物音を発する時が多いし、猫の精霊さんってやっぱり色々と特殊なのかしら。
 でもシルフってあまり自分の事を話したがらないというか。前に、シルフは何の属性の精霊さんなの? って聞いたら、『うーん……内緒』とはぐらかされてしまった。
 他にも何故かシルフは自分の事だけは話してくれないのよね、精霊さん自体の事は色々と話してくれるのに。私って実はそんなに信用されてないのかなぁ。

「はぁ……」

 わざとらしくため息をついて感傷に浸る。
 だけど、私だって自分が転生者だとかそういう話は誰にもしていない。勿論シルフにもしていないのだ……それなのに私ばっかり被害者面で文句を言うのはどうかと思う。
 だからこの気持ちは心の中にしまっておこう。きっと、私と同じようにシルフにも何かを話せない理由があるんだろうから。
 そして気持ちを切り替えようと果実水を喉に流し込む。
 未だ微動だにしないシルフを眺めていると、いつの間にか数人の男に囲まれていた。そして、その中のリーダー格らしき男が意地の悪い顔で声をかけてきた。