「さて、話を戻すが……ランディグランジュ家も巻き込む彼女の計画に私が協力するのは、他でも無いアミレス王女殿下の為なのだよ」

 ティーカップをカチャリと置いたシャンパージュ伯爵が、途端に真剣な顔をして話題を変えた。それを聞いた私は瞬時にシャンパージュ伯爵の方を見た。
 王女殿下の為と言われれば、私とて黙ってはいられない。話を聞こう、と視線を送る。するとシャンパージュ伯爵はララルス嬢と目配せして頷きあった。

「もう既に知っているかと思うが、私の愛娘メイシアはアミレス王女殿下に救われ、これでもかと言う程に心酔している。そして我が最愛の妻もまた、アミレス王女殿下によって救われた。私は二度も愛する家族を救って下さったあの御方に忠義を尽くすと決めた」
「……こうしてシャンパージュ伯爵家が姫様の支持をするとなった以上、姫様はくだらない権謀術数に巻き込まれる事必至です。そこに更に行方不明となっていたランディグランジュ侯爵家の神童たるイリオーデ卿が現れたのですから……その危険性は高まるというものです」

 二人の話を聞き、私はそれもそうだ。と呑み込んだ。……神童という呼び名には心当たりが全く無いが、今は置いておこう。
 シャンパージュ伯爵家はまさに帝国貴族社会の特異点そのもの。異端とも呼ばれるかの家の特権は強大なものであり、その影響力はまさに蜘蛛の糸のようにこの国中に張り巡らされている。
 故に政治的にも非常に強い立場にあるのだが──シャンパージュ伯爵家はどこの家門にも味方せず、常に中立を貫いて来た。逆にそのお陰もあり、この国の貴族社会の勢力均衡は大きく変動する事が無かったのだろう。
 だがしかし。そのシャンパージュ伯爵家が王女殿下の元についた。
 その為、この勢力均衡は砂の城のようにあっさりと崩され、派閥争いをしている場合ではないと貴族共が一致団結しかねない程、強い石の城が突然出来たようなものなのだ。
 だがその石の城とて全方位から一斉に攻撃され、更なる鋼の城なんかが出て来た日には無力と化す。
 だからこそララルス嬢は権力を欲している。シャンパージュ伯爵家と共に王女殿下をお守りする強い盾となる為に、石の城一つで耐えられぬなら二つでと。
 王女殿下を陰謀渦巻く貴族社会で醜悪な権謀術数や派閥争いからお守りする為に、彼女は権力を手に入れようとしている。なんと素晴らしい心持ちなのか。そう私は感心した。

「つまり、シャンパージュ伯爵家とララルス侯爵家とランディグランジュ侯爵家の三家門で王女殿下を支持すると?」
「えぇ。最終的にはそれが目的となりますね」
「……妙案だな。流石にこの三家門の支持があれば無能な貴族共も安易な言動は出来なくなるだろう」

 痛い目を見て困り果てた兄を脅迫し、王女殿下を支持すると公表するように言えばいいだろう。昔から妙にプライドが立派な兄の事だ…………幼少期の恥ずかしい話を漏らされたくなければ、とか言えば大人しくこちらの言う事に従ってくれるだろう。
 それでも無理だった場合は片手を切り落とそう。兄は両利きだから片腕ぐらい無くなっても問題ないだろうしな。

「あの噂の発生源を潰すのが今から楽しみだ。アミレス王女殿下の不敬な噂を流したネズミ共をどう炙り出し追い詰めてやろうか……」
「畜生共を炙り出した際にはご一報ください、私も始末したいです」
「であれば私も。王女殿下に無礼を働いた者は生かしておけない」

 シャンパージュ伯爵の楽しげな呟きを聞いて、私とララルス嬢はその時は是非ご連絡を……とシャンパージュ伯爵に頼み込んでいた。
 こうして私はララルス侯爵家を中心にいくつもの家門を巻き込んだ、十年ぶりの侯爵家爵位簒奪事件の関係者となる。だがそれでいい。
 何故ならこれは、王女殿下の為になる事だから。
 何故なら私は、王女殿下の騎士として王女殿下の為に生きると誓ったのだから──。