時は残暑。夏の終わりを迎え、まだ僅かに残る熱気が汗を呼ぶ朝。

「──ッ!! はぁ、はぁ……また、あの……っ!」

 勢いよく体を起こし、荒い息を落ち着かせようと下手くそな深呼吸を繰り返す。まるで実際に起きた出来事かのように鮮明な悪夢……それを度々見るようになって、私はあまり眠れなくなっていた。
 それは夢と言うにはあまりにも現実的すぎて──……いや、もしかしたら。あれはある種の私の未来そのものなのかもしれない。どこかの地点で分岐した、私の未来の可能性の一つ。

 そうとしか考えられない。途中まではまさに私の歩んで来た人生そのもの……だが途中からはまだ私も歩んでいない未来の結末を映し出していた。
 どういう事なのか自分でもサッパリではあるが、悪夢に合理性など求めるものではない。だからあれは……限りなく現実に近い悪夢なのだ。
 悪夢の中の私が感じた全てが、まるで最初から私のものであったように私の中に流れ込んで来る。
 果てしない絶望の慟哭。この私とは違う道を行った、別の私が辿った結末。それは何度見ても私の心までもを締め付け、押し潰してしまいそうな程にその苦しみを流し込んで来た。

「……三年後に、もし、本当に王女殿下が……」

 あの悪夢は、どうやら今より三年後の話のようだった。私の知らない私の人生。私の知らない未来の話。
 あの未来と同じように、もし王女殿下が天へと旅立たれてしまったら──。
 そう、考えて。私の体は形容しがたき恐怖に襲われた。口元を押さえ、叫び出したい気持ちを何とか抑え込む。

 初めてこの悪夢を見たのはオセロマイト王国に向かう道中で野宿をした時だった。痛い程に伝わってくる悪夢の中の私の感情。その所為で、気づけば私は泣いていた。
 涙なんて、王女殿下に我が名前を呼んでいただけた時以来一度も流していなかったのに。王女殿下に情けない姿をお見せし、更には私ごときが心配までお掛けしてしまった。加えて、手を握っていただくなど……!

 騎士として一生モノの恥だ。だが…………純粋に嬉しかった自分もいた。
 その前の移動中で、王女殿下の御身体をお守りしていた時もそうだったが……あんなにも小さくか弱い存在であらせられた王女殿下がこんなにも健やかに成長して下さった事を実感出来て、とても嬉しかった。
 十年という月日はあまりにも長い。私が王女殿下から離れてしまったその期間で、王女殿下はあまりにもお強く……高潔に成長なされた。

 最後にお会いした時、王女殿下はまだ幼かったので私の事を覚えてなくて当然だった。でも、それで良いのだ。寧ろ誓いを違えてしまった私の事など覚えていて欲しくなかった。
 今年の十二月の騎士団入団試験を受け、正規の騎士となり改めて王女殿下の御前に……と考えていたのだが。その必要が無くなってしまった。
 何故なら王女殿下の私兵となる事が叶ったからだ。私兵と言えども、私としては心も体も王女殿下の騎士だ。
 今は無理でもいずれきちんとした誓いを立てよう……そんなささやかな希望が、恐慌状態の心臓に落ち着きを取り戻してくれる。