『──アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ。私が騎士として死ぬ為に死んでくれ』
『イリ、オーデ? お前、なんで……っ?!』

 兄は慌てて立ち上がり、私の手にある剣に気づいたのか、傍に置かれていた剣を構えた。かなり動揺しているのかその構えは少し不安定であった。私も剣を構え、そして兄に斬りかかる。

 ──騎士とは。弱きを助け強きをくじくもの。人の営みを守護し、人の成す悪を滅するもの。その剣は誇りそのもの、誉れ高き正義であるもの。剣を捧げし相手の為に命を尽くすもの。
 強くあれ。聡明であれ。正義であれ。慈悲深くあれ。冷徹であれ。謙虚であれ。強欲であれ──。

 いつか父から聞いた言葉が次々と私の脳を侵す。兄との剣戟の最中、私は私を形作った騎士道と誓いの事のみを考えていた。
 兄の事など考えずとも、彼に勝つ事は容易であったから。それ程に…………ランディグランジュの当主として恥ずかしい程に、兄は弱かった。
 キィンッ、と兄の剣を弾き飛ばして、私は彼を壁際まで追いやった。その時多くの衛兵や騎士が私を捕らえようと飛びかかってきたが、私はそれに構わず兄の首目掛けて剣を振った。

『ま──ッ』
『私は私にとっての悪を滅する。それが、私の最後の騎士道だ』

 赤き鮮血を撒き散らし、断頭台で断たれた首のように地に落ちる兄の首。それを無感情な瞳で見下ろしながら、私は更に剣を構え、

『……申し訳、ございませんでした。王女殿下』

 自らの心臓に突き立てた。
 私という何も無い人間に、この人生を捧げるだけの意味を与えてくださりありがとうございました。
 叶うなら、きちんと貴女に誓いたかった。騎士の誓いを、この身この命この生全てを捧げる誓いを貴女に受け取って欲しかった。私の名を、もう一度呼んでほしかった。

 愚かな私は選択を誤ったのです。先があるなどと考え、結局間に合わなかった。原因とも言える男に八つ当たりをした所でその事実は変わらない。
 ああ、私の色の無い人生が思い返される。
 貴女が健やかに生きている事をずっと祈っておりました。貴女の幸福をただ願っておりました。
 かつての皇后陛下のように、どこかの地で幸福になった貴女の傍で貴女の騎士として貴女をお守りする……そんな大それた夢を見ておりました。

『……せめ、て……さいごに…………も、う……いちど……あなたの、えがおが……みた、かった──』

 命が消えてゆく感覚。邸の者達が、首を斬られた兄と心臓を刺した私を見て、周りでぎゃあぎゃあと騒いでいる。
 薄れゆく意識の中、私は誰にも聞こえないような小声で願望を口にしていた。
 貴女の成長なされた姿が見たかった。それはきっと、きっと…………この世の何よりも、美しいのでしょう───。