──兄が、両親を手にかけ爵位を簒奪した。
 秋の頃、私が月に一度の帰省をすると……夜中に兄が父を殺している姿を扉の隙間から目撃してしまった。それに戸惑っていると、私を探していたらしい母が脂汗を顔中に滲ませ、慌てて私を遠くの部屋まで連れて行った。
 そして、母は血塗れの腹部を押さえながら私に言った。西部地区に逃げろ…………と。兄は確かに潔癖症だった。こう言っては失礼かと思うが、確かに貧民街と呼ばれる西部地区ならば兄も追ってこれまい。
 母の遺言に従い、私は僅かな荷物だけを持ち、兄から逃げるように西部地区へ向かった。どうしても生き延びねばならなかった、死ぬ訳にはいかなかった。

 名を捨て、恥を捨て、尊厳を捨てても……この願いだけは捨てたくなかった。
 こんなにも急に王女殿下のお傍にいられなくなってしまうなんて、誰が予想出来ただろうか。いや、出来なかった。出来なかったからこそ、私は我が身の不甲斐なさに憤慨しながら真夜中の帝都をただ走り続けていた。
 西部地区に着き、これからどうしたものかと途方に暮れていた時……幸いにもディオ達と出会い、私は住まいと新たな家族を得た。装飾品や服は適当に売って金に変えた。

 私にとって重要なのは王女殿下の騎士となる事、ただそれだけだったから……ディオ達の所で世話になる以上、それ相応の恩を返すべきと思ったのだ。
 兄の所為で王女殿下のお傍を離れる事になり、騎士となる道も遠ざかった。だがしかし、かなりの回り道となるが完全にそれが塞がれた訳ではない。
 ならば私はどれ程回り道でも着実に一歩ずつ進み、やがて必ずや王女殿下の騎士となってみせる。そう、この命に誓ったのだ。