「……やっぱり、死にたくないな。出来る限りずっと生きていたいよ」

 自分が死んだ姿を想像して、私は雨粒のようにぽつりぽつりと呟いた。死、自体であれば既に一度経験している筈なのだが……生憎と私にはその記憶が無い。
 だが、何となく、前世にもまだ少しは未練があったんじゃないかなとは思った。前世の私を思い出そうとすると、いつも虚無の海に放り出されたような気分になるのだが……今日はまた一段と荒波だったのだ。
 虚無の海は私を岸に上がらせまいといつも波で押し返してくる。思い出そうとする事項によって波の強さが変わるのだが、今日は過去一な具合に荒波だった。
 それだけ、私の前世の死には……感情が大きく揺れ動いていたのだろう。
 結局また荒波に押されて記憶の岸に上がる事は叶わなかったのだが、それでも何となく分かってしまうよ。あれだけ記憶を思い出させまいとする様子から、相当……酷いものだったんだろうなって。
 そう考えた途端、シルフの言葉が私の心に宿りだした。それは芽吹き、深く私の中に根を張った。
 …………慎重過ぎて考え過ぎるぐらいが、丁度いい。本当に? 臆病なままでもいいの? 
 その言の葉はそのまま散っていった。その代わりに、死にたくない。という言葉が表に出た。
 すると突然、猫シルフがぼふんっと煙に包まれた。突然何事だと目を白黒させていると、煙が消えた頃には目の前に私と同じぐらいの大きさの猫がいて。

「大丈夫だよ、君の事は死なせない。何があろうとボクが守るから」

 包み込むように私に抱きついてきた。
 ……なんだろう。とても感動的な言葉を言われている筈なのに、それ以上に巨大猫が気になって仕方が無い。
 というか大きい猫って何だか怖い。狼とか犬ならまだしも、このサイズの猫は流石に初めて見たわ……驚きのあまり言葉が出ない。
 駄目だ、本当に気が散る。シルフのありがたいお言葉を噛み締めたい所なのに、とにかく気が散ってしまう。
 あまりにも空気が壊れてしまう為、私はついにシルフに直談判する事にした。

「…………シルフ。とりあえず元の大きさに戻れないかな……」

 視線を明後日の方向に逸らしながら頼んでみると、猫シルフの表情がわかりやすく驚愕に染る。

「あれっ? おかしいな、もふもふしたものが好きなアミィなら喜んでくれると思ってたんだけど……」
「この大きさの猫は見慣れなくて……ごめんねご厚意を無下にして……」

 自分の顔よりも大きい猫の顔、何だか最早ホラーだもの。怖い、怖いわ。猫なのに怖い。
 猫を可愛いと思う要因、絶対大きさも関係しているわよね。小さいと可愛いけど大き過ぎると可愛い通り越えて怖い。
 その後、シルフが「そっかぁ……」としょんぼりしながら元の大きさに戻ってくれたので、私は安心して猫シルフにすりすりと頬を寄せていた。