「君、名前はなんて言うの?」

 急遽地図の端にやりたい事リスト欄を作り、そこに魔法や剣の習得と記していると、精霊さんの光がスーッと私の顔の近くまで動いて聞いてきた。
 名前かぁ、と考えてふと気づく。私……幼女の名前はおろか自分の名前すらも分からないじゃない。

「…………全然分からない」

 本当にこうとしか答えられない。前世の記憶と呼べるものもどういうわけかかなりムラがあって、自分や家族の事は全く思い出せない。
 現状わかっているのは……自分がオタクだった事と、前世の記憶を持ったまま転生してしまったという事だけだ。

「自分の名前が分からないって、もしかして記憶喪失? それって大変な事じゃあ……」

 精霊さんが心配そうに言う。どうしてそんなに冷静でいられるの、と精霊さんは続けた。
 私はそれに、

「……何にも分からないから、今こうして、色々情報を集めているの。精霊さんはここがどこか知ってる?」

 質問で返した。先程、精霊さんが外でお祭りをやっていると言っていた気がする。もしかしたら何か知っているのかもしれない。
 そう思い質問したところ、精霊さんが困ったように声をもらした。

「えっとねぇ……ボクも人間の国にはそこまで詳しくなくて……ちょっと待ってね、今調べてくるから」

 そう言うと、ピタリと動きを失った光からドタバタとした音が聞こえてきた。
 調べてくるとは一体どういう事なのだろうと思いつつ、待っててと言われたからその場で立ち止まる。
 少しして、精霊さんの光が「お待たせ!」と元気よく動き出す。

「君がいるその国の名前は分かったよ。名前は──」

 ……私は、その名前を聞いて驚愕した。どうしてその名前がここで出てくるんだと。
 これまで私が感じていたワクワクやドキドキ、これから先の楽しみなどは、一気に失われる事となる。
 それと同時に……この体の本来の持ち主、幼女の名前をも把握する事となった。
 『フォーロイト帝国』それがこの国の名前であり……私が前世でこよなく愛していた乙女ゲームに出てきた、敵国の名前だ。
 あぁ神様。どうして、私をこの世界に転生させたのですか。それも……よりにもよって、彼女に。
 フォーロイト帝国にいる銀髪で寒色の瞳の幼女なんて、一人しか心当たりが無い。先程感じた既視感はそういう事だったのか。

 ──彼女の名前は、アミレス・ヘル・フォーロイト。
 家族からの愛を求め続けた、悲運に縛られた帝国の王女。