王子殿下の遊び相手にとお声をかけていただいたにも関わらず、こんな風に何もしない私を皇后陛下はお許しになる筈がない。もう二度とお声がけいただけないだろうと思っていたのだが──気づけば、一年近く王子殿下の遊び相手を続けていた。
 私に特別な用事が無い日の昼はほぼ毎日皇宮に行き、一人で悠々と過ごす王子殿下を見守る。そんな日々が続く。
 剣を握らないランディグランジュの男に意味は無い。だから私は、昼間は鍛錬が出来ない分朝と夜に昼間の分も鍛錬をしていた。それを暫く続けていればいつの間にか睡眠時間が短くても問題無くなっていて、私は世に言うショートスリーパーというものになっていた。

 王子殿下の遊び相手をしていると必然的に皇后陛下と関わる機会も増える。だからこそ、当時の私は誰よりも早く皇后陛下の変化に気づいたのだ。
 皇后陛下がまたもやご懐妊あそばされた。王子殿下に次ぐ二人目の御子であり、国教会から呼び出された大司教の話だと王女殿下……らしい。
 その事を皇后陛下は皇帝陛下と共に喜びあっていた。確かに以前皇后陛下からお聞きした事があった。

『子供は多くなくていいの、あの人に似た男の子と女の子が一人ずついてくれれば……私は十分幸せになれますから』

 皇后陛下と皇帝陛下は王子殿下を一人、王女殿下を一人お望みでいらっしゃった。その為、この念願とも言える吉報に皇宮中が歓喜に溢れた。
 王子殿下の遊び相手をしつつ、私は日々命の重みを増す皇后陛下の御身体を見守っていた。そんな時だった。
 王子殿下が昼の就寝に入られた時に皇后陛下に呼び出された。そして皇后陛下は膨らむ腹部を優しく撫でながら、私に向けてこう言ったのだ。

『イリオーデ。どうか、この子…………アミレスが産まれたら、この子だけの騎士になってください。私の可愛い娘を、どうか貴方の剣で守ってください』

 トクン、と……これまで何も感じる事のなかった心が喜びを覚えた気がした。

『あっ、この事は陛下には内緒ですよ? ランディグランジュ家の騎士を独占する約束をしたなんて知られては、陛下に怒られてしまいますから。……フリードルはきっと、陛下と同じくらい強い子になるでしょう。でも、この子は分からない。だから、我が国の誇り高き剣たるランディグランジュ家の貴方に、この子だけの騎士になって欲しいのですわ』

 皇后陛下は慈愛に満ちた御顔で微笑まれた。ランディグランジュの騎士は帝国のもの。皇族である王女殿下に仕えようともなんら問題では無いが……皇后陛下は皇帝陛下に怒られてしまう、と有り得ない事を口にされた。
 あの皇帝陛下が皇后陛下に怒る……そんな事が本当にあるのか……? と幼いながらに私は両陛下の関係図を理解し、内心で異を唱えていた。
 しかし口には出さない。当然の事だ。

『我が身我が剣をいずれお生まれになる王女殿下が為に尽す事、ランディグランジュの名において誓います』

 跪き、深く頭を垂れながら私はこの名において誓った。
 仕えるべき主がいる事は騎士としての何よりの本懐。そう、父から聞いていた私は密かに舞い上がっていた。ようやく生きる意味が出来た、私が生きる必要が出来たと喜んでいた。
 だが、事件が起きた。起こってはならない事が起きた。
 ──皇后陛下が、天に旅立たれてしまった。