ケイリオルはしたり顔で思考する。賭けはケイリオルの勝ちだった。
 エリドルはアミレスに利用価値を見い出し、しばしの間は彼女を殺せなくなった。それはエリドルにもケイリオルにも得のある事。
 一挙両得に話が進み、ケイリオルはホッと肩をなでおろした。
 しかしそれだけ、皇帝にとってシャンパージュ伯爵家の存在が大きい事も意味する。

 シャンパージュ伯爵家はフォーロイト帝国の歴史の始まりより存在しており、その特異な立場故か常に特権を認められている。
 数百年間、歴代皇帝があまりにも強大なシャンパージュ伯爵家を支配しようにも、商いに全てを捧げる伯爵家は一度たりとも首を縦に振らなかった。
 しかしその間にもシャンパージュ伯爵家は日々力を増すばかり。最早支配は不可能、潰すしか無い……と考えた皇帝もいた。しかし、それもまた不可能であった。
 シャンパージュ伯爵家の影響力……特に帝国の市場に及ぼすそれは絶大で、万が一シャンパージュ伯爵家が潰れるなんて事が起これば──間違いなく帝国の市場は混沌のうちに荒れ果て、この国の財政は破綻する。
 下手をすれば、芋づる式に周辺諸国の市場をも荒らす事になる。

 それが分かっていた為、歴代皇帝は誰もシャンパージュ伯爵家に手を出せなかった。目障りと思っていても、純粋にその力を欲しても、絶対に首を縦に振らないあの家門の事は放置するしか無かったのだ。
 だがしかし。今代の伯爵がこの度数百年続いたその流れを断ち切ったのだ。シャンパージュ伯爵は引きこもりの野蛮王女、アミレス・ヘル・フォーロイトの手を取り跪く。
 貧民街の一件が世に知られた時、同時にこの衝撃の事実も世に伝わる事だろう。それは貴族社会に大きな変化と衝撃を齎す事になる。

 そしてアミレスも醜き権謀術数に巻き込まれる事になるだろう。何せ彼女の存在はあのシャンパージュ伯爵家が初めて見せた弱みのようなものだから。
 これまで良くも悪くも誰にも見向きもされなかった一人の幼き王女が、これからの帝国貴族社会の動乱の中心になる…………そう、ケイリオルは直感していた。

(……ふぅ。権謀術数から王女殿下をお守りする方は、恐らく彼女が担ってくれるでしょう。私はこれからも……陛下の気を逸らし続けよう。それしか私には出来ないのだから)
(あの忌まわしき女にかような使い道が出来るとは……どうせ、どこまで行っても捨て駒ぐらいにしかならんと思っていたのだがな。しばし利用してから戦争の大義名分にでも使うか……)

 ケイリオルとエリドルはそれぞれの思惑を胸中に浮かべる。ケイリオルが後ろ手に握り拳を強く握り、エリドルは退屈そうな面持ちで何度も人差し指でトントンと肘掛けを叩く。