「何があった」
「教座大聖堂が何者かに襲撃され──っ!! 貴方様、は……?!」

 何かの作業をしている神父に声をかけると、神父は作業の片手間に訳を話してくれた。どうやら我が宗教の聖地が何者かに襲撃されたらしい。それは確かに大事件だ。
 しかしこの時ばかりは……この場にいた神父や司祭達にとって、それを上回る程の事件が起きたようだった。その者達は僕の髪と顔を見て言葉を失っていた。
 そして、

「ご帰還なされていらっしゃったのですね──我等が光、ロアクリード=ラソル=リューテーシー猊下!!」

 彼等彼女等は跪いた。僕……いいや、私の名を口にしては深々と頭を垂れた。
 ──ロアクリード=ラソル=リューテーシー。それが、私の本当の名前。
 リンデア教を導く教皇オルゴシウス=ラソル=リューテーシー聖下の実の息子であり、その次代を継ぐ者。立場としては教皇代理にあたる大主教。
 国教会の誇る聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーンを超える為に用意された、リンデア教の切り札。
 ずっと、ずっと…………彼女達に隠していた本当の僕だ。

「……あぁ。私が二年の見聞の旅より舞い戻ったと聖下にお伝えしなさい」

 冷たく、まるで見下すかのように彼等彼女等を見る。だがそれでも、ここの人間は皆私の事を期待に満ちた眼差しで見るばかりで。

「はっ! ロアクリード猊下のご帰還である!!」
「我等が光、ロアクリード猊下がこの危機についにお戻りになられた!!」

 喜色満面で彼等彼女等は声を張り上げる。私が二年ぶりに戻った事はたちまちカセドラル中に広まる事だろう。
 だが、それでいい。今までは興味が無かったものの……今の私には、教皇代理としての立場が必要なのだから。
 気持ち悪いぐらい私を崇め敬服する信徒達への嫌悪感など捨て置け。今の私には必要の無いものだ。私はただ、初めて得た明確な目標と使命の為に持てる限りを尽くせばいい。

 コツコツと。石畳を、大理石を、硝子の床を、規則正しく足音を響かせながら進んで行く。視界の端に映る美しい彫刻や絵画など欠片も興味が湧かない。
 すれ違いざまに惚けた顔で頭を垂れる女性の信徒も、疎ましげであったり憧れであったりと様々な視線を向けて来る男性の信徒も、全てが今の私にとっては毒にも薬にもならないもの。
 だから全てを無視した。私が目指す場所はもう定められている。一分一秒一刻一日が惜しい今、寄り道をする暇など無いのだ。
 そして。カセドラルで最も美しく清廉なる間へと辿り着く。二つの見知った顔により開かれた扉の先には──我が憎き父、教皇オルゴシウス=ラソル=リューテーシー聖下が鎮座していた。
 二年ぶりの対面。私は体に染み付いた所作で誤る事無く跪き、そして宣う。

「我が父、我が光。教皇オルゴシウス=ラソル=リューテーシー聖下に拝謁致します。二年に及ぶ見聞の旅より帰還致しました事、ここに報告させて頂きたく願い申し上げます──……」

 幼い彼女があんなにも懸命に戦っているんだ。だから私も戦おう。
 一度は逃げた戦場だからこそ、もう二度と逃げ出さない。彼女の為に戦い抜くと決めたから。
 この戦場の果てには、()が望むものがあると信じて。